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トップハート物語(5205)立志伝敢闘編
19/07/08
2013年(平成25年)5月下旬。
 早朝から社員が来た。驚いた。彼女は入社以来8年間、妊娠して子育てを繰り返していたので、出勤は遅く帰宅は早い。土日は休暇、祝日は勿論、年末年始、お盆など一般社員とは異なり、勤務時間も短時間だった。それでも、密度の濃い仕事をしてくれた。その短い時間が災いして給与は少し低い。
 色々と家庭の軋轢があったが、何とかクリアして最近は一番小さい子供さんも小学校に入り手が掛からなくなったので、勤務時間も拡大した。
 「子供も自分の世界が出来て、手が離れて私が居なくても大丈夫になりました。」
 などと言って、打ち合わせや一緒にする飲み会やカラオケに付き合うようになった。
 そのうえ、旦那に少し疑問を持つようになり今までの自分を替えようとしている。そのきっかけは、自分が風邪で熱を出しても一切何もしない。ゲームやテレビに興じている。そのくせ、社員旅行などには行かせない。自分を物のように扱っている。
 それで満足していたのが、一瞬にして崩壊した。それからというものは、色々な会合に出ることになり、帰りも遅くなった。昨夜は、人材確保のプロジェクトチームの会合だった。私が具体的な案とすぐ行動に起こすことを要請したのに対して、途中から訳の分からない、彼女と新規事業所責任者の体育会系の争いになった。
 腕立て伏せや腹筋の回数を争う動きを宴席で始めた。その時間が長く1時間にも及んだ。何をしているのが意味をなさないのだが、酔っているのか辞めない。その為に、はっきりした結論を得ないままにお開きとなった。
 その私の意を解したのか、今日の早朝4時過ぎに目が覚めて新規事業所の責任者と話をして、8時にこの事務所に来た。
 「昨日は済みません。はっきりした具体的な話が出来なくて。ですから、今日は早く来ました。」
 直後、新規事業所責任者が来た。
 大東市の管理者が長崎に帰省した折に、送ってくれたココアが練りこんである高級な「福砂屋」のカステラを出して、話し合いをした。
 もう一つ、重要な市のプロジェクトチームの委員の件だった。NPOと市の協働事業を行うに際して、指針の策定委員の推薦を市から求められている。そのために、彼女と新規事業所の責任者を推薦した。
 市の方では、
「1事業所1名なので、策定委員に彼女をお願いします。」
もう一つは、コミュニティーセンター設置検討委員会の委員を当NPO法人から出そうとしたが、彼女は隣の政令指定都市の管理者で当市の勤務者ではなかったのだ。
 夕方、外出先に彼女からメールが来て委員に選任されたとのことだった。当NPO法人どころか、株式会社でも初めての市からの委嘱委員だ。こういった経験が幅広い知識の蓄積を経て通用する人材となる。
 話し合いは、その委員の関係などと人材育成・確保、NPO常勤理事の婚活の推進などだった。
 9時半に、地域のコーディネーターが来た。何故か、各種各層に顔が広くてボランティアで活動している60歳超えの人物が居る。その人に多くのヒントやチャンスを貰った。元々は私どもの就労支援の生徒だ。
 今回は
 「地元の大学のサテライトが駅前にある。その駅前の市民向けの教室でお宅が中心となって成年後見人の授業をしてくれませんか。それを1年程度続けて、来年度は大学の授業で講座を持つことが出来ると思います。その受け入れを勝手にしては、あとから聞いていないと言われると問題なので、受け入れてはくれると思いますが事前にお断りして置かないと。」
 「勿論、結構ですよ。」
 あとはよもやま話に終始した。
 日曜日に面接した、中国からの帰国者の採用に関して相手の返事待ちだった。返事が来た。
 「いろんな問題を解決したので、6月10日から行けますのでよろしくお願いします。」
 そう言って来た。安心した。
 私に、
「自分は有料老人ホーム22棟経営している。ヘルパーは300人、ケアマネジャーが45人使っている」
 そんな大言壮語を吐いて近づいて来て、就労継続支援B型の施設申請書を作ってくれと行って来た御仁は、
「ただの電気屋の親父で傾いた経営を見直すために、自分のある団体での地位と人間関係を利用して土地所有者と建設会社と運営者を探すことによって金銭を得ているブローカーです。近づいてはダメですよ。今は、高齢者住宅を建設しても入居者が居ないので嘘を言ったと問題が出てきている。」
と、町のコーディネーターが言っていた。
それでも、本格的な行政書士の事務所開設を目論む私にとって、
「書類作成だけの付き合いですから。求められても、一切会合や食事会には出ません。」
そう言って、心を引き締めた。
1時半近くに出発して京都に向かった。名古屋、京都、と私を加えて定期的な会合を持っている。全国組織をどう構築するか。その検討だ。東京大学の後見サポート機構が発足して、その会合時に代表理事や事務局長から大いに進めるように言われて、いずれ行くと言われたので我々の行動に力を得たようだ。
 京都を6時半に出て、途中食事をした。9時過ぎに戻って来た。

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