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トップハート物語(5188)立志伝敢闘編
19/06/29
2013年(平成25年)5月初旬。
 長嶋終身名誉監督の国民栄誉賞の授賞式があった。終始正座をして涙が流れていた。誰もいない寂しい部屋でも、長嶋監督が居るだけでやる気も湧いて来てまたやろうという気が起こっていた。
 GWも終盤に掛かりあと二日残すだけだったが、私には充実した時間を得られてレジャーとはまた違った時間を過ごすということで有効だった。
 朝起きて、血圧と脈拍を測って117-78と87ですこぶる調子がいい。体重も驚いたことに、昨日より1キロ減っていたのだ。昼間にはメンバーと昼食にはステーキを食べたのに、この体重だ。余りの満腹に夜の食事をしなかったのだ。それがこの結果だ。分かった、やはり夜の食事を制限したら体重が減るのだ。少しこのペースを取り入れながらやってみようと思う。
 この連休中の仕事として依頼を受けている行政書士の仕事だが、データが余りに少なくて、すぐに終わってしまった。しかし、市のホームページの様式が保存できない。そのために、ずっと開いたままにしていないと使えなくなってしまう。そのホームページの様式に打ちこんで印刷した。申請書なのだが、コピーしたかったのだがそれも出来ない。不安だったが仕方がなかった。
 貰った資料に対する処理が終わって、相手先が休みだが送って置いた。そうして、夜になってからその恐れが現実となった。消えてしまったのだ。それ以前から問題がPCに表れていた。すべてのエクセルが読み取り専用となって変更しても登録が出来ないのだ。あらゆるものが影響を受けて心配になって来た。
 その心配が現実となって、操作が誤ったのか大事なデータが消えてしまったのだ。その復元で相当の時間を費やした。
 市役所から自動車税の通知が来た。バイクと軽自動車が全部で30台くらいあるが、そのナンバーを確認したが、何と3台が全く知らないバイクのナンバーになっていた。一体どういう訳だろうと思っているので、休み明けに市役所に確認しようと思う。誰かが、当社のどうにかして勝手に印鑑を使用して登録した訳じゃないだろうに。
 午後になって、長嶋茂雄終身名誉監督の国民栄誉賞授賞式のライブを見ていたが、終盤に差し掛かって、メールが来た。本社管理者だ。印鑑が欲しいと言うのだ。
「いつ来るのか。」
 「今からでも構いませんが。」
 「それじゃ、今からいいよ。」
そう言って、30分後に現れた。
印を押しながら、話をした。先月600万円を超えて一つの目標がクリアできたと言う。しかし、問題は次の月、つまり今月だ。先月の3月は31日間あった。4月は30日間と後半はGWに入った。その点が心配だったのだ。
何故なら、その達成記念の宴会を行ったばかりだ。その行ったのはいいが、次の月は続かないではガクッとなってしまう。数字を追いかけると言うのは厳しいものだと、話をした。
 「大丈夫か、先月は。」
 「はい、4ケース新規があったので。大丈夫です。」
 そう言っていたが、目は泳いでいた。
 31日間で600万円少々ということは、1日20万円強の売り上げだ。1日少ないということは、20万円以上の新規を獲得するか既存のケアを増やすか。そのために、
「正確なデータの比較は1日あたりに換算して比較するのが正しいから。」
 と、話をした。
彼の処のデータではなく、この地区の介護のデータを担当の由紀子さんが来た時に話をした。
 「2月は1月より日数が少ないから下がったと言っていた。3月は2月より50万円増えたと言っていた。しかし、1日あたり17万円しか売り上げていないから、3日増えて50万円増えるのは当たり前だ。」
 そう言って諭したが、理解できたかどうか分からない風だった。そのうえ、
「低い人件費も賄えない売り上げをベースにして多くなった低くなったなどと言っても、何の意味もない。まず、最低限の売り上げを確保しないと。」
 そう言ったが、反発しているようだった。
何の努力もしない、いい加減な組織になりつつある。
体重が80キロを超えて来たので、体に負担が多くなり腰に来ている。座っていられないのだ。痛くて。膝も痛い。背中も痛い。早くダイエットをしないと。
少し部屋の整理をした。出来るだけ身軽になって置こうと思った。その中に写真が見つかった。一番驚いたのは、岡山県の閑谷学校に行った時の写真があったことだ。13年の5月頃だった。あれから、既に12年の時が経つ。閑谷学校に行くことが夢だった。その夢が叶った瞬間は、感動だった。
意を強くして、立ち上がったのだ。

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