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トップハート物語(5183)立志伝敢闘編
19/06/26
2013年(平成25年)4月下旬。
 忙しい日だった。朝一でケアマネジャーが相談に来た。時間まで話をして10時少し前に事務所を出た。10時約束があり、そこまで車で数分だがNPO法人常勤理事が遅れて来た。そのために、約束の施設運営理事から確認の電話があった。
ある大手電機メーカーの社員が退職し数人で立ち上げたメーカーが、障碍者が出来る軽度作業の機器を発明した。電線の覆っているゴムの部分を剥離する機器だ。その機器を使って就労継続支援作業所を作りたいというのだ。
 その申請書を作って欲しいと話があった。どの程度出来るかわからないが、勉強の為にやることにしたのだ。継続して30か所の新規作業所を設立するというのだが、どうなるかわからない。それでも、私はそのために行政書士の登録申請をしようと決心していた。
 その事前打ち合わせが、相手先の事業所で10時からあったのだ。雨の中やっと到着したのは数分過ぎだ。話し合いの中で、私は早く情報が欲しかったのだがああでもないこうでもないと、言い訳するので激しい言い合いになった。
私は何もそんな奴らと付き合わなくてもいいのだが、相手が折れたので我慢した。1時間ほどでもらえる資料を受け取って出た。
 その間、この地区の衆議院議員の下部の市会議員から電話があった。実は、私が不在の間に、私の事務所に挨拶に来たようだったのだ。その時、私は北新地に向かっていた。人に会うためだった。人に対する態度は写真集を出したとは思えないくらいの良さ。
 11日東京大学にて、成年後見サポート機構が発足するので出席の為に二人社員を連れて上京するので、議員会館に行こうと思って連絡していた。秘書から電話があり待っているとの事で、10日に会えることになった。
 出て郵便本局に向かった。郵便局留めで家庭裁判所から通知が来ていた。不在だったので、受け取れない通知だった。開封してホッとした。成年後見人の受任申立てが通ったのだ。決定して、これから私がこの世界に入ってすぐに対応した13年も付き合っている方の後見人になることになったのだ。
 銀行に立ち寄り、講師への報酬30人分の振込をした。終わってから、向かいのホテルでランチバイキングを頂く。美味しかったが、お腹が一杯になった。カレーが一流であとは並み。
 1時から認知症の妻の自宅へ。仏壇や位牌の処理業者と待ち合わせ。一昨日の家の粗大ごみなどを処理するのに、そのものだけを置いて行った。私が業者に連絡をして処理して貰う事になったのだが、一体この家族はどうなっているのか。早く縁を切りたいが、後から必ず出て来るだろう。金の件で。
 終わる前に、出て大阪市役所に向かった。介護プログラムが終わってその処理が中々終わらない。修正した文書を持参して受け取って貰った。それも、結局訂正になるわけなのだが、その度に受付した時に確認して受け取っている。あとから、電話で修正を言ってくる。その繰り返して、既に3度目の訪問になる。
 その足で、弁護士事務所に行って、届け物をした。昨日ビルのポストに放り込んで置こうと思って出掛けたのだが、入口が閉まっていた。再度訪問だが、忙しいので立ったまま報告と話をした。
その認知症の妻の裁判所でのヒアリングが7日なので、書類作成で忙しい。余り慣れていないようで、私がした方が早かった。それで、10万円とは恐ろしい。
 本社のある商工会議所に向かった。優良従業員表彰の推薦状を持って行った。今回はNPO法人の常勤理事を推薦した。10年以上の経験が必要で、該当者は昨年の守口市のケアプランセンターの管理者と彼女だけだ。
 最後に税務署に向かった。人材紹介業の継続更新でどうしても必要な所得証明書が必要だった。それにしても、税理士の言葉に従って赤字にしたが800万円近くの赤字になって、今年どれだけ苦労して色んな申請書に対応したか。ばかばかしい。本来は黒字だったのに。収入の処理がいい加減だった。税理士はどいつもこいつも。

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