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トップハート物語(5144)立志伝敢闘編
19/06/05
2013年(平成25年)3月中旬。
 祝日ではあるがいつもの時間出勤した。事務処理が中心だったが、必要な事務を処理する気力が全く萎えてしまってやる気が起きない。何度も駄目だと叱咤しても、結局はほとんど成果も上げずに一日が終わった。
 朝一で、キラキラ目の珠緒ちゃんが来た。次期介護管理者だという事だったので、再度聞いた。
 「2月はどの程度の売り上げだったか聞いたか。」
 「いえ、聞いていません。かなり悪かったでしょう。多く利用者が入院しましたから。」
 「いいか、そのくらい知らないとこれからどうするの。1月に12月より70万円落ちたと言ったよね。2月は、1月より50万円落ちている。人件費だけで終わりだ。ヘルパーさんの人件費を合わせて、収益を全部使ってしまう。今持って来た経費伝票を返さないといけない。つまり、諸経費を自腹で負担してもらうくらいの収益だ。昨年の1月から月額200万円も収益が落ちている。1月経費明細を出せと言ったから出した。それから、どうなったのか全く返事がない。改革を話し合っているか。」
 「みんなでケアマネジャーのところに行こうと話し合いました。チラシも作ろうと。」
 「あれから、2か月だ。何もしていない。話し合いなんてやっている時か。チラシのレイアウトなどどうでもいい。みんなで何もせずに給与だけ持って行くなら、人事異動しかない。出るだけで入ることはない。黙って結果を見ていようと思ったが、何にも出来なければ俺が手を入れるほかない。無責任な奴ばかりだ。責任逃ればかりで。」
 そう言いながら、危なく泣きそうになっている顔を見て言葉を変えたり、強く言ったりして少しは感じるようにした。
 目的もなしに、机の上のどうでもいいい資料から処理した。つまり、捨てるか保存するか程度の書類だ。山積みの書類から大事なものが見つかったりしていた。ネットで、ケアマネジャーが独立して営業をどうするか、実践をして実績を残した人のセミナーを見つけたので、申し込みをした。
8000円は高いか安いか評価は終わってからだ。その会場が横浜なので、近くのホテルを取る積りで検索をしたが、シングルでも高いし、安いのは禁煙じゃなかったり食事が酷かったりした経験があるので、なじみのある大森にした。
東急インに宿を取った。時間があれば、大井町に行って友人と会って、彼の顔をネットで配信する成年後見のホームページに勝手に使った断りを入れようと思う。
 ケアマネジャー専用のネットを見ていた。いろんな悩みや、どうでもいいことを長々と議論している掲示板をずっと見ていた。これではだめだと思っていたが、時間が来て昼食を摂りにマンションに戻った。
 一眠りしてしまった。2時過ぎに再び出勤。ネットにて、必要な成年後見関係の書籍を検索してなかったので中古本を依頼。23日に11月から実施して来た後見人養成講座が終わるので、修了式と懇親会を実施することになった。
その出席人数を確認していた。当初応募者が定員30人を上回り順調にスタートしたが、問題があり退学させたのが4人。諸事情で欠席者が出て、最終日に全部の課程を修了する予定者が13人だった。
それに、NPO法人の立ち合いを入れて懇親会は18人になった。
 近くの木曽路での懇親会経費はNPO法人が持つのだ。修了証書などの経費を加えると相当の持ち出しになるが、第一回目の卒業者なので記念に残るものを考えた結果だ。記念品は残ることはない。木曽路からバスを出して貰って運んで貰う。
4時に最終講義が修了ですぐに修了式。45分から移動して5時から2時間の予定で懇親会と謝恩会を行う。一人あたりの料理は6000円弱のものだ。
 なんとか実質的な、たとえば案件として預かっている後見人審判の申立書の作成などをしたかったのだが、結局、無理だった。これが年齢の衰えなのだと自覚した。このままで終わるのか。
そう思っていた時に、大東市のケアプランセンターの管理者から電話だ。彼女はバイタリティーがあり実績が相当だ。そのケアプランセンターには彼女と登録の非常勤ケアマネジャーが三人いる。そのうち、一人は実質稼動していない。
一人は、遠くの専門学校の講師として活動を始めて実質動けない。もう一人は最近稼働始めて慣れたかなという時に、市の臨時職員の採用が決まって退職を申し出ている。
 彼女は市でもトップ5に選任されて指導も行っているのに、実質75ケースを一人でする訳に行かない。新規事業所のケアプランセンターに依頼し、非常勤で私も登録をして活動することを話し合った。


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