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トップハート物語(5133)立志伝敢闘編
19/05/30
2013年(平成25年)3月中旬。
 今日の10時から新規事業所の役所の調査が予定されていた。その事業所は市の募集によって、団地内及び周辺の活性化のために入居を認められたのだ。応募者のプロポーザルがあって、それに選定されて団地の1階に入居したのが昨年の1月だった。
介護保険と自立支援の指定を取得して基盤の収入をきっちり固めながら、住民との接点を求めて活動をした。しかし、よそ者が入って来たと敬遠し遠巻きにする住民をいつまでも相手に時間をつぶす余裕がなく、地域の範囲を広げて事業を開始した。
 その結果は目を見張るように、順調で1年目の2月実績が180万円以上の収益を記録した。3月も躍進が続いているので、近々に200万円突破は間違いないところだ。そんな、中、家主である市の現状調査が行われるのだ。
監査と違って、大きな問題が生じるというものはないので気楽に準備して臨んだ。8時半に新規事業所の責任者が迎えに来て暫く話し合って、団地にある新規事業所に出発した。9時半ころに着いて、相談室で打ち合わせ。
こうして、毎日何かと打ち合わせをして問題があれば摘み取るサポートをしているので、時々連絡がなかったり会えなかったりすると寂しいというか会いたい話したいと思ったりするようになった。
 今日の打ち合わせの最中にも、中学校1年生の子どもさんの絵画入選が掲載されている新聞を持参し報告して貰ったり、今後の育て方について
 「これからも益々育ちが大事なる。金があるとか贅沢をするとかではなく、親の育てかた。常識や判断力、人に対する思いやりなどをどう伝えて行くかだ。それは、親の生き方にも通じる。間違ったり駄目なことをしたりしたときに、叩いて教えるかどうか。誉めることも大事だ。怒ることより、誉めることを強く意識してすることが大事なことだと自分で思う。今思えば、貧乏だったが母親の愛情、生き方育て方で俺の今の生き方がある。それが、間違っていなかった。誠実に真面目に一生懸命に働けば認めてくれる人がいる。応援してくれる人がいる。それが今の俺だし、振り返ってみて後悔はないし、今は幸せを実感している。子どもも、一応真面目に誠実に生きて世間でも認められていて良い友達も多い。」
 そんな話をした。
 役所の関係は3人来た。男性二人と女性一人だ。質問は大きな問題をはらむものではなく、むしろ
 「お宅の業績はかなり良い状態です。ほかの団地でも募集がありますが、もっと事業所を増やすとか応募したいとか思っていませんか。」
 と、聞かれたのに対して
 「当初は1年に1か所設置しようと目論んでいました。しかし、その予定は人材の問題が生じてとん挫しています。人材、それはマネジメントすることができる人材が枯渇している。ですから、思ったように展開は出来ない。」
 そう言って、現状の話をした。
 責任者の彼女にしても、本来なら株式会社で活躍をして時期の責任者という思いも私にはあった。しかし、彼女はあえて火中のクリを拾った形になった。その責任は私にある訳で、その意味でも力を入れているのだ。移籍するという事は大変なことなのだ。組織や収益が確保されている部署から、それも時代のエースとして内外から認められているのに、あえて発足したばかりの組織に転籍したのだ。それが、この結果を生み出している。
 「ここで得た収益をこの団地に還元することをこれから考えて頂きたい。」
 と、釘を刺された。
 それは、この地区の団地が我々を受け入れていないので、それに対して無駄な努力をせずに結果的に収益を上げているのだが、本来の目的を完遂することを目指して、という訳だ。当然だ。
 終わって、社員と昼食を摂って京都に向かった。
 2時間の行程を経て、京都市民後見センターの財産管理センターの一室に入った。名古屋からも参加して3人のメンバーで第一回目の会議が始まった。任意後見事業の推進の打ち合わせだ。成年後見だけではうまく行かない。任意後見事業をミックスさせていこうという訳だ。
入ってすぐに会議本題に入って、4時間を要した。3時から、終わったのが7時だ。各種様式や財産処理の仕方、研修会のあり方など多方面に亘った。それぞれの得意分野があるので、丁度いい。
 名古屋の障害者施設のオーナー、京都は金融関係。私が高齢者介護という訳だ。事例や情報を出し合って、共通にできるものから統一していくことになった。次回の会議は今月の21日と決まった。
 当方の顧問弁護士が、なかなか仕事が遅くて、計画通り進まない。

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