お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(5129)立志伝敢闘編
19/05/28
2013年(平成25年)3月上旬。
 その間、ずっと涙を流しては拭いていた。
 「どうして泣く。おかしいだろう。自分たちの言い分は分かった。忙しい、一生懸命にやっている。だから、仕方がない。そういうことだな。効率は悪いし、能力もないし、給与だけは人一倍。一生懸命という言葉は、自分たちが使ってはいけない。一生懸命にやってこの結果だったら難しい。一生懸命というのは、他人が自分たちを評して『あの人は一生懸命にやっている、大したもんだ』というならわかる。結果も出ているならわかる。結果が悪くてその言葉を吐くならここに在籍しているのが難しい。一生懸命とは命がけですることだ。」
 「自分たちの働いたケアの金額を出そうと思ったりしています。」
 「それもいいだろう。まず、直接的な生産物を出して次に間接的な成果を考える。それで、自分たちの評価をすればいい。口より、自分たちを知ることだ。慌てても、失ったものはすぐには取り戻せないがその努力の結果はいつか現れる。今の結果は、これまでの自分たちが過ごした結果だ。」
 そんな話を1時間ほどした。
 また、事務処理の業務に邁進した。4時に後見人講座が終わり、研修に参加していた社員が戻ってきた。ブリを分けるのに、ずっと考えていた。一番のポイントは、新規事業所の責任者の母親が誕生日だという。
これまで、在日韓国人として辛酸を味わって来たと。その娘が当社で働いているが、誠実でやる気を見せて、なおかつ、私の指示通りに動いて十二分な活躍を見せている。そのような娘に育てたお礼を、2年前のクリスマス会で告げた。
 家族の絆が強くて、それが自慢らしい。当社に入社して7年程度過ぎたが、その間、離婚を経験している。彼女には多くの負担を掛けているので、こんな機会に言葉ではなく態度で表したいと思って、10キロのぶりの半身を誕生日祝いとして差し上げた。
あと半身をNPO常勤理事とこの地域のケアマネジャーと分けるように言った。NPO法人常勤理事は、多くをケアマネジャーに渡した。それは、魚が大好きだということと子供がたくさんいるので気遣いだろう。
 その代り、ホワイトデーの時にお返しするために取り寄せた北海道スイーツを上げた。たくさんあるので、隣の部屋にある冷蔵庫に仕舞った。私の仕事はまだ終わらない。NPO法人常勤理事が自分も手伝える仕事はないのか、とか、今日あった成年後見人講座の報告などをしたのだが、うわの空で聞いていない。
急いで数字的な仕上げに移っているのにあまりにうるさいので、
 「悪いけど、静かにしてくれる。」
 と、言ってしまった。
 もちろん、それで引き下がる彼女ではない。
 「少しだけ言っただけじゃない。邪魔なんかしていない。」
 返事をしなければ、終わるので東北人らしくそれに対しては何も言わない。終わった。
 そういえば、今年1月から大東市の居宅介護支援事業所に社会福祉士の資格を持っていてケアマネジャーの試験を取得した人を採用した。彼は、この地域で社会福祉の分野の重鎮で社会福祉協議会の責任者を2年前に定年退職した。
その間、当社の研修会講師などをお願いしていた。その縁から、あまりにケアプランの依頼が増加したので登録でお願いした。
 ところが、昨日その方から封書が届いた。まだ開封前の時点で辞めるなと感じた。開けてみると、契約終了の通知が入っていた。一方的で、失礼だ。あれほどの地位に居た方とは思えない。すでに、数人のケアプランも担当しており、変更したばかりで信用にかかわる。
私もその居宅支援事業所に登録をしているが、業務についていない。この地区の登録ケアマネジャーとして数件担当している。
 責任者の彼女にメールした。 
 『いじめていませんよ。折角、市から予防委託の打診があって、大丈夫と返事したばかりなのに。困ったことになりました。』
 そう言って来た。返事のしようがない。
 夕方7時ころまで仕事をして、戻った。
 今日は暖かい日差しで、完全に春だった。あの東日本大震災の時には雪が舞っていた。明日その11日が来る。2年前の出来事だった。テレビはその震災を振り返る報道一色だ。失ったものは戻ってこない。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報