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トップハート物語(5118)立志伝敢闘編
19/05/23
2013年(平成25年)3月1日。
 外に出て、ケアマネジャーに注意した。
 「どうして俺に話をさせなかった。君の話は何を言っているかわからない。初めての診察で、見えない部分を強調して話をしないといけないのに、その部分を何も話をしない。認知症の人はちゃんと受け答えができる。これから行くご本人も同じだぞ。あれほど、受け答えが出来て後見相当だ。つまり、できないこととこれまでの経緯が分かっている医師だから書けたのだ。全く初めての医者にお願いすること自体乱暴だ。」
 これからの若いケアマネジャーだから、それ以上は我慢した。
 次の後見対応のご本人に向かう前に、新規が入ったとケアマネジャーが言ってその利用者宅に向かった。
 「2月に、これで新規が6ケースです。」
 嬉しい感情を表していた。
 遅い昼の食事を4時から5時半に終えた。後見相当のご本人宅に行って、通帳や必要書類を預かった。
 強い雨の中戻って来たのは7時を回っていた。夕食は取りやめた。

さいたま市の自宅に帰省する途中の、新幹線の中にて投稿している。帰省すると自宅に居る妻に連絡したあと、大きな動きが連続して帰省をキャンセルしようと思い覚悟を決めた。しかし、キャンセルするとそれに合わせた動きをする思いになり、今度は他のスケジュールをキャンセルする思いが過った。
 事務所に戻って、諸々思案の挙句に予定を歩む決断をした。月曜日のスケジュールは厳しいものになりそうなので、年金事務所に行く予定だけを断念し月曜日の戻る予定を日曜日の早い時間帯にと変更した。

折角書き込んだのに、突然消えてしまう。
自宅の、さいたま市にて記録している。
昨土曜日の10時から認知症の妻の入所の為の面接が入った。入った、というのは元々他の予定があった。私が勝手に進めようとしている、結婚相談所のオーナーとの懇談が11時に決まっていた。10時半に私が住んでいるマンション近くで間に入っている地方新聞社の支局長との待ち合わせがあった。
 ところが、申し込みをしていた認知症の妻の老人保健施設の判定会議が終わり、面接が決まったと連絡があったのは、木曜日の午後だ。中一日の準備に支局長との約束を延期することも考えたが、これまで何度か延期を申し出ていた。
仲立ちを立てているので、返事や連絡に時間を要して、その間に私のスケジュールが埋まってしまうのだ。業務第一の姿勢は変えられない。

悩んだ挙句に、遅れる事を想定して10時40分に認知症の妻の自宅の近くに変更して貰った。私は、9時半に認知症の妻の自宅近く駐車場に着いて待機していた。15分前に車から出て自宅前で待っていた。
その頃から雪が舞う寒風が吹きすさんでいた。寒いが、我慢して老人保健施設の相談員が来るのを待っていた。何しろ、公的な施設はどこも待機者が大勢いて直ぐに入れるのは余程のことがないと出来ない相談だった。
 偶然にも、私が後見人を務めさせて貰った一番最初の方の入所先の相談員が彼女だった。その対応が認められたようで、私の申し入れを優先して検討してくれたようだった。誰が見ても、緊急に対応しないといけない状況だと思う。
 時間が約束の10時に近づき、過ぎてしまった。次の支局長との約束を破ってしまう心配が発生してしまった。私の頭の中は、約束の10時より少し前に現れると想定していた。来たのは、10時より10分も過ぎていた。面接は、40分にも及んだ。ある程度、認知症の妻は理解していたが、概ね不安が占めていた。
相談員が二人、居宅介護支援事業から二人、訪問介護から一人取り囲んで居るのだ。
時に感情的になることがあったが、何とか終わった。

既に、支局長との約束時間を10分過ぎていた。メールや電話が鳴ったが出られない。待ち合わせの車の処に着いたのは、11時になっていた。車で15分位の隣の市にある結婚相談所に着いた。ビルの3階に有る事務所に入り受付の女性に、オーナーへの取り次ぎを頼んだが理解していなくて来ていないという。
詰めていくと、どうやら病気で病院に行っていると家族からの情報を得られた。そのうえに、  秘書の話だと、11時というのをどうやら
「1時に間に合わないと言っていました。」
 何と、時間の勘違いと病気が重なってしまった。何度も私の延期を繰り返した挙句に、今度は相手先のアクシデントが発生してしまった。何と不運な運命。
 直接オーナーとの懇談を経て特例で手続きなど簡略化してもらって適切な相手を即探して貰う積りだった。金銭的な負担は負う積りだった。
 そのオーナーの情報を得るまでの間、応接室に通されたが、高級感溢れる家具に圧倒されていた。

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