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トップハート物語(5106)立志伝敢闘編
19/05/16
2013年(平成25年)2月下旬。
 いくら説明しても、自分たちのやり方に問題は無いと言い張る。京都でも、全国でも先駆者として名を馳せてはいる。しかし、それだけだ。誰も手を付けなかった分野に私財をなげうって運営し、やっと全国的にメジャーになりつつある分野。その実績は認める。
しかし、一般市民を相手に3回程度の講習を行っているのと訳が違う。8回という長丁場で、それも初回はそれなりのレベルの位置に居る方を受講生として運営しているのだ。議員が3人、公認会計士や税理士、誰もが知っている一流企業の社員が数人、NPO法人理事長、介護支援専門員が10名程度など多くの人が期待を持って臨んだ講座だ。
 それが、くしの歯が抜けるように少しずつ回を追う毎に抜け出した。30人で始まった受講生も5回を終えたところで10人減った。あと3回あるのだ。
 講義の進め方も、失礼とは思ったが文書で出した。そして、今日も電話で話をした。
 「このテーマでは、1日持たない。1、2時間で終わってしまう。」
 「ですから、何度もロールプレイやグループワークなどを入れて実践的に進めて貰えないですか。これは、介護や福祉分野でもそうですが一つのテーマの事例を上げて話し合いの時間を多く作って、まとめて発表し合って、意見を出し合う。それが、資料だけ多くて一方的な話をするのは聞く方も話す方も苦痛でしょうし、実践に何の役にも立たない。」
 「それは、そちらの分野の話でしょう。こちらから伝えなければならない最低限の情報もある訳ですから。」
 「それはそうでしょう。それでも、限度があるでしょう。6時間も読み上げるのを聞いているのは。資料を読めば分かるなら、それを自分たちで読めばいいでしょう。」
 そんな堂々巡りをずっと続ける。
 何度も、出来ないなら私がやりましょうか、と言いそうになるのを抑えて居た。
 市民後見人養成講座の東京大学では講師として、先生と呼ばれ、多くの受講生が泊りがけで先生の運営する京都の後見センター実習に行っていた。
 先生の呼び掛けで、京都、奈良、大阪、名古屋のメンバーが集合して全国的な組織を作ろうと始まったのは春先だった。これからの組織作りにメンバーが燃えていたが、突然4回目の会合を最後に理由も言わず解散させてしまった。
それは、東京大学が全国組織を作るのに邪魔になって、彼が理事として引き込まれてしまったのだ。立場上自分の利益にならないと、京都人らしい身勝手な発想でそれぞれの地区で集まって話し合った時間や経費が無駄になってしまった。しかし、彼にはその集会や私の主宰する講座などで指導という名目で金銭的な利益があるので損ではない。
 受け入れられない理由は沢山あるが、どうやら過去の5回の講座もカリキュラム通りでは無かったようだ。収集がつかないような出鱈目さで進んで居たようだ。それでも、納得する訳に行かないと押し返した。
やっと、不承不承に受け入れて再考する事になった。私も、内容に首を突っ込んで最後の2回は、明日講義に来た講師と話し合って私がする案を持って臨もうと思っている。
 夕方4時半に、今度ケアマネジャーの試験を通って実務者講習を受けているビジュアル系の女性が相談に来た。非常勤雇用で正社員ではない。相談したいと言って来た時には、辞める事を一つの選択肢として受け取っていた。
彼女はレンタルとヘルパーと二つの草鞋で動いていた。ヘルパーとしての実績も多くなかったので、実務の実績には時間が掛かった。
 社員にという話をしたこともあったが、社会保険料を支払うのが嫌で、扶養家族からも抜けたくないと言っていたので実現しなかった。また、レンタルも私たちの
 「同じ会社のケアマネジャーからだけ受けるのを待っているのではなく、自分たちで営業に回って取って来ないと。」
 と、言ったこともあるがしない。
 あるいは、数年前にNPO法人の設立時に説明会を行ったが、
 「仕事が増えるだけで嫌だ。」
 と、言って真っ先に拒否した印象がある。
 その者の話は何だろうと思って対峙した。事務所に入って来た時に、同時に介護支援専門員が入って来た。後見絡みで動きがあり、緊急を要していたのだ。地域包括に実績報告に行った時に、認知症で金銭や財産の搾取に遭いそうになった問題があった利用者が居て、その発生直後に彼女が訪問したのだ。

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