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トップハート物語(5104)立志伝敢闘編
19/05/15
2013年(平成25年)2月中旬。
次期介護管理者が朝一番で来たが、勤務実績を提出しに来ただけで何も話をせずに戻った。いつもなら、色々な話をするキラキラ目の珠緒ちゃんだが、何かバリアーが出来ている。それは、先日、退職を申し出ている現管理者との遣り取りを目にして、何かを思っているのだろう。
崩壊して行く組織の現実を、全く知らされずに組織を投げられて受け取ってしまった。基本天然な性格なので、裏表が無く現在の管理者とは大違い。どうやって支えて行くかが課題になる。性格の波が大きく、感情的になり易いのでその点を十分注意して行かないと行けない。
その課題である、売り上げの大幅減少と経費の膨大さが分かって重圧があると思う。自分の給与は他業種の一般の同年代の男子程度を受け取っているが、現在の介護管理者がもっと多額の給与を手にしているとは思って居ないだろう。
それが、先日、介護部署の一人当たりの平均給与額を聞いて大幅に自分を上回っている事を知った。加えて、経費が膨大で信じられなかったのだろう。通常、自分の給与の2倍を働かないと会社は成り立たないと言われているのが、現実として実感したのだろう。
 それが終わって、私が後見を担当しているご本人が入所している施設に向かった。老健である。有料老人ホームやユニット型の特養ならすぐに入れるが、認知症の妻の年金では厳しい。夫が残した保険金はすぐに底をつく。何とか年金程度で入所できる、それもすぐに入れる施設を探していたが、何とか受け入れてくれそうな施設を得た。
車で山の頂を越えて下りまた上がる。約束の10時に、懇意になった相談員と私だけの面談。一通り事情や経過、本人の状態を報告して1時間を超えた。何とか、
 「退院する利用者が居て空きが出来るので、毎週水曜日に判定会議があるので。」
 と、言われて書類の準備に取り掛かる事にした。
 後見の審判申し立てを依頼している主治医に、先日、後見の書類と診療情報提供書を渡した。そのほかの書類も幾つかあり、夕方午後診療が始まるときに届けた。事前に渡してあった後見関係と診療情報提供書を、昨日受け取りに行ったが出来て居なかった。
再度、今日の夕方伺ったが追加があったので、一緒に作成するという事だった。医師とは忙しいからか、早く仕事はしてくれない。そのくせ、毎日デイサービスに行く事になった認知症の妻の帰宅時間を聞いて往診に行くという。
 また、訪問看護もこの主治医とどういう訳か懇意になって居て、もう訪問看護は必要が無いと言っても、
 「切ってしまったら訪問看護も可哀そうだから。」
 と、平気で私に言って継続をさせている。
 平日はデイサービスに行くので、と断っても、先生の指示書が出ていると言ってデイから帰って来ると訪問して、薬を区分けしているという。
 「30分で結構ですので。」
 と、言う。
 医療は強い。指示書を見せてくれと言っても見せてくれないし、どんな内容かも教えてくれない。本当に、ケアマネジャーの力は弱い。
 老人保健施設から戻って来て、銀行に行ってからホテルでバイキングの昼食を摂った。経営者が代わってから内容が良くなった。食事制限中だったが、少しカロリーを取り過ぎたかも知れないと反省し、夜は野菜たっぷりのお好み焼きにした。
1時から、地方新聞社の支店長と葬儀屋さんと会った。葬儀屋は、私が進めようとしている後見関係の周辺事業として必要なのだ。保険、遺言、身元保証、財産管理、葬儀、お墓などのこれから必要が迫られるライフワークの最後の必要な内容についてもワンストップで行わないと、仕事として中途半端で投げてしまう事になる。
 しかし、この葬儀屋は全国組織を持っているとはいえ、少し幅の狭い一定の同士を対象とした葬儀屋で、特殊でお付き合いが出来ないと分かった。話を早めに切り上げて事務所に戻った。研修センターから、土曜日予定の後見授業の資料が京都後見センターから送付されて来たと言って来たが、
 「内容が不安で、これでいいんでしょうか。」
 そう言われて、転送して貰った。
 先日、頂いた内容はカリキュラムと全く異なって、初歩的な最初にしておく事が必要な内容であきれ果ててしまった。100ページ以上の資料があったが返付して、クレームを付けた。今度は内容をある程度絞ってカリキュラムに合わせて来たが、前回やるべき内容が半分以上入っている。私がするかどうか迷ったが、結論的に依頼している講師のメンツを考えて資料を直して貰いたいと申し入れするだけで止めた。苦渋の選択だ。

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