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トップハート物語(5092)立志伝敢闘編
19/05/09
2013年(平成25年)2月中旬。

『いろいろ、複雑になってきましたからね』

『手は抜かず、出来ることをする』

『楽しく会話するだけでも喜ばれます・・・』

『そうなるのには何か、理由がありますから・・』

『現場知らなくては人の気持ちはわかりません』

『人生を終わるって大変ですね・・・』

終わる人、残る人、どちらが大変か。会津戦争の後の会津藩に関わった下級武士たちのその後を知って、何れも悲惨で辛苦な事実に声も出ませんでした。

現場を知る姿勢が失われつつあります。

記憶が残っている時期まで、日時を費やして話しかけながら探って行くこともあります。原因が分かったこともありました。

あらゆる予防に、話し相手は重要な効果があるのは現場の人達が良く知っているのに、医療という分野に予防を集約しようとしています。

そうですよね、それがいざとなった時にチカラを発揮すると思います。

あさ10時に息子さんと、利用者自宅で待ち合わせをした。その時間に合わせて準備をしている時に、息子さんから電話があった。早くならないかと。警察や葬儀屋との打ち合わせが終わった。その後の時間を持て余しているので、必要な事を早く終えて帰りたい。私も、同席をさせる訪問介護事業所も予定を立てて居るので無理だと返事をした。
10時に認知症を妻に持つ夫宅に入る。今度は、催促した息子が来ない。時間まで玄関で待ってから、鍵を開けて入室した。いつもなら、人が居るのでまだ暖かいが無人と化した家は寒々としていた。妻はデイサービスに行っていた。
暫くして、息子が現れた。夫と同じように常に尖ったものの言い方で、十分な会話を費やして理解を得ながら話すことはない。昨日の病院でも、医師や看護師が状況や身体的状況など話をしようとすると、遮ってしまって聞こうとしない。
「分かりましたので、もう結構です。」
と、威圧を感じさせる言い方をする。
室内で、これまで関わっていた訪問介護事業所の管理者とサービス提供責任者が重要な書類と見られる、バックや缶を整理する。息子さんが警察から戻された通帳などを、そこに追加して保険証などと一緒にした。証券類を纏めて息子さんに、
「これらはどうされますか。」
「定期預金の一部を解約して、葬儀料、検死料、病院への支払い、寺への支払いなどに当てたいので、解約したい。その他は、分からないので佐藤さんの方で管理や手続きをお願い出来ますか。借金はありますか。」
「借り入れは有りますが、幾らかというのは調査して見ないと分かりません。」
「サラ金とかは有りますか?」
「それはないと思います。郵便局から借りている分があります。金額も証書に書いてあると思います。見ますか?」
「面倒だからいいです。兎に角、これ以上時間を取れないのでもういいです。」
「それでは、私の方で金銭管理し、サービスなどの契約を本人に代わって対応する後見人になる手続きを裁判所に審判を仰ぎますがいいでしょうか。本人は認知症を患って居るので、息子さんの申し立てになりますが。」
「お金が掛かるんでしょう。私は色々金銭面の負担は無理です。」
「大丈夫です。御本人の財産状況に依りますので、その方の生活を脅かすことは有りません。裁判所が決定します。」
「わかりました。全て佐藤さんにお願いします。」

証書類を整理し始めると、外に出てしまった。娘さん、息子さんの妹さんが何十時間も掛けこちらに向かっているという。電話を代わってくれというので代わって、意識が無くなる直前の状況を話した。
一通り一旦目処が付いたところで、重要な証券類を持って出た。息子さんが折角全てを任せると言っているのに、混ぜ返して欲しくない。遠方から指示されたのではたまらないのだ。金銭類だけを持って行く恐れがあるのだ。一度会って、そのように感じていたから。
その間、納骨料やお坊さんのお布施などの相場の金額を聞かれたが、分からない。私も全く経験が無いのだ。
「四十九日をしないと行けないのですか?」
と聞かれたが、分からない。
「最近は。無宗教であればやることも無いのじゃないですか。」
そう答える。
早く終えて、仕事をしないと立場が無くなると気にしている。兎に角、早く終えて私も事務所に戻りたかった。何度も、遠方で行う葬式に来るか聞かれたが予定があるので無理だと返事した。
戻って、デイサービスに連絡して当分の間、妻のケアに毎日昼間対応するように依頼。認知症の妻に週2回対応している訪問看護ステーションに中止を連絡。必要ないと思うが、主治医と懇意にしているので、私が中止の申し入れをしても主治医が
「可哀想なので1回でも入れてあげないと。」
どちらが、可哀想だ。
それにしても、薬が死因かも知れないと救急救命センターが言っているにも関わらず、いざという時に全く役に立たず逃げて居たのには憤りを感じた。また、主治医とて同じだ。救命治療室から主治医に電話を入れているのに、待たせたまま全く電話に出ない。あとから、警察から電話が行ってビックリしただろう。
夜の5時半に京都で愛知県の障がい者施設運営の責任者と会う予定があり、2時に部屋を出た。相手からの要望で、行くわけだが日帰りという訳に行かないのでホテルを取った。今は、そのホテルである新・都ホテルで投稿している。
荷物を置いて、連絡が有ったので駅に待ち合わせのために向かった。すぐに話をしたが、呼びかけが私ではないのに、私のソーシャルビジネスの内容を聞き、それに、彼が質問する形式となった。
多分、そういう形になるだろうと思っていたので、驚きはしなかった。一応、私にとっては有意義な話し合いだと思わせるには少し時間が掛かる。
終わって、8時から京都ではいつも食事に行く駅ビルの「寿司清」に入った。本当に美味しい。お腹一杯になってホテルに戻った。

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