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トップハート物語(5078)立志伝敢闘編
19/05/02
2013年(平成25年)1月下旬。

『 初めまして、年齢66歳の豆タンク屋と申します。
時々、拝読し勉強させていただいています。ありがとうございます。
◇一部上場の会社に長年勤務し、今は好き勝手な生活をしています。
 蓄えと年金で質素な生活ですが、働かなくても生活できています。
◇ぼほ還暦の時、ホームヘルパー一級と社会福祉士の資格を取得し
 ました。「社会参加の手段」と「老々介護の準備」に関心があっ
 たからです。
◇ホームヘルバーの資格取得は、ポリテクセンタ−のお世話になり
 ました。その後、専門学校に1年間通い社会福祉士を取得しました。
◇時々、ポリテクセンターの話題が出てきますが共感できます。執筆
 された本も読ませていただきました。
 経営者として、成功されていることに感心します。また、経営の
 スタンスが明確で、ぶれていないのに共感します。
 ・利用者本位 ・社員を大事に ・方針の共有化
◇私も、福祉分野の実務はしていませんが「成年後見制度の実務」
 「第三者評価(外部評価含む)」などの研修を受講し勉強を継続
 しています。
◇ポリテクの実習では、訪問看護・訪問入浴・訪問介護・特養・
 デイ・居宅介護支援・知的障害者の通所施設などで、貴重な経験
 をさせていただきました。
◇その経験なども踏まえて、市民勉強会や成年後見の勉強会の講師
 などをさせていただいています。ボランテイアですが。・・・

◇ますます、お元気でご活躍されることを祈念しております。』

 同じ目に私も遭っています。かなり手痛い誹謗中傷妨害でしたが、全く対抗せずに終えました。相手が亡くなりました。

 介護福祉士という資格の将来を考えれば、結果的には良かったような気もします。

 時々は仙台の話も入れて下さい。

 旅行は年に数回しています。しかし、多くの時間が取れないので仕事と絡める事が多いです。

hanatakaさん、こんにちは。
 誰か、この掲示板を読んでくれる人が正解を教えてくれるといいですね。
 私は、介護業界に足を踏み入れたのが50歳直前だったので最初から介護でずっと、という気持ちは無かったです。また、当時は介護福祉士の資格を持っているからといって何の価値も見出せなかったので、敢えて挑戦もしませんでした。
 体力が勝負の世界ですので、調整役のケアマネジャーを目指して取得しました。今、その任に就いて7年目に入ります。主任ケアマネジャーの資格を得てもその業務範囲の限界に昨年気付いて、社会福祉全体に関わりトータルなライフをサポートしたいと成年後見や任意後見などの道に足を踏み入れて、基礎を築いている最中です。
 私が思うに、どんな受験でも参考書の問題ではなく継続的な意欲と意気込みだと思います。実力は知識ではなく実行力ですので、慌てず淡々と日々努力を重ねれば大丈夫です。
 また、ここ数年で大きく介護福祉士の制度や運用が変化していますので、将来を見据えて踏み出す必要があると感じています。
 頑張って下さい。

 豆タンク様、声を掛けて頂きありがとうございます。
 多くの人から声を掛けて頂く事が多いのですが、これほど、嬉しく素直に言葉を受け取れるのは私にとって珍しい事です。
 同じポリテクの同窓生だとは嬉しい限りです。あの教育の素晴らしさは今でも感謝しています。ポリテクの介護サービス科が無くなり、残念です。その意思を継承すべく頑張っていますが、今の生徒の質の悪さが公費を使っての教育訓練に何の効果があるのか疑問を持ちながら日々努力しています。
 出版した書籍にも目を通して頂きありがとうございます。本当は、第二巻を昨年出版する積りでまとめていましたが、どうしても現在在籍している社員とヘルパーさんが絡んだ不祥事を書かないと行けなくなり、断念しました。
 成年後見制度に気付くのが遅く、一昨年でした。これから大きく動いてこの不況下の社会には必要な制度となるものであり、必要な社会貢献事業として確立しようと思っています。
 是非、これからもアドバイスを頂きますようお願いします。
 これまで長い間、年上の先輩に相談したいと思った事が沢山あります。
 時々でいいので、是非色々なお話を聞かせて下さい。
 よろしくお願いします。

 朝一番で、キラキラ目の珠緒ちゃんが来た。介護事業所の№2だが、心もとない。トップが何しろ、仕事をさせないのだから覚えないし、それでいいと思ってしまう生活が長かった。ヘルパーしかしていないと言われても仕方が無い8年間だった。集金をしたお金を持って来た。相変わらず、
 「誰かいいヘルパーさんが居ませんか。」
 口癖のようにいつも言うので、今日ははっきりと言った。
 「どうして必要なの。売り上げが去年は一昨年より600万円もマイナスだ。何もしないで、ヘルパーだけだったら登録ヘルパーと同じだ。新規事業所の12月は150万円を超えた。開業して10カ月目だ。大東本社だって、昨年は一昨年より2000万円も増えた。どんな事をして増えていると思う。動いている。動かないで、人件費だけ増えて一体どうする積りだ。」
 基本的な事なのだが、何を言われているのか分からないような感じだった。急に
 「大東本社はヘルパーさん何人居るんですか。」
 「40人くらいじゃないの。毎月、管理者が登録者を数人ずつ増やしては使える人だけ残すやり方でふるいに掛けている。この地域の介護は、俺に誰かいませんか、いいヘルパーさんが居ないというだけ。売り上げが下がっているのに、ヘルパーさんへの支払いが多い。」
 「大東本社は常勤何人居るんですか。」
 「5人だろう。」
 この地区のサービス提供責任者だけでも12人とは大違いだ。
 「売り上げは本社の方が多いんだぞ。」
 そう言っても、今度は新規事業所の内容を聞く。
 何の意味があるんだと思ったが、応えた。今度は、支援の責任者が風邪をひいて休んでいると言う。その対応が大変だというのだが、
 「どうしてやれる社員に仕事をさせないのだ。こんな時に、どうするんだ。」
 その言葉を聞いて、支援責任者がマスクをして飛んで来た。
 「来月のシフトだけ作って休みます。」
 「どうして、みんなが、公平に仕事が出来るようにしない。」
 ああでもないこうでもないと、言うが何の解決にもならない。
 介護も支援もこの地区の責任者や管理者は仕事を囲って他者にさせずに、夜遅くまで残っていて休まない。超過勤務手当や休日出勤手当が膨大になり、40万円前後の給与になる。それは、仕事が減ろうと無くなろうと関係ない。
自分たちだけの給与レベルを維持して、ほかの者の介入を許さない状態になってしまっている。上昇している時は問題が無いのだが、今は他の部署が支えているのだ。
 新規事業所の責任者が入れ換わるように入って来た。今度は、話の中身が違っている。
 「今度新たな組織を運用するに当たり、激励会を開催したい。ついては、常勤のうち意欲の持っている4人と新人1人、他の部署の改革を進めている応援団を形成していつものホテルでやるので、今週中のいつ時間が空くか調整してくれ。今週に出来なかったらまた機会を改めるので。」
 そう言って、これまでの労をねぎらった。
 これまで、幾つか全体に声を掛けて同じような機会を得た。しかし、全く何もせずに売り上げも下降している部署の責任者や管理者は、宴席でもわざと端の方にかたまって不快な動きになる。つまり、みんなの輪の中に入らない。
来ても邪魔だし、何の意味も無いので今回は厳選されたメンバーで意思を統一して結果を出すような組織を維持できるようにしたいと思った。だから、新規事業所でもああでもないこうでもないと言って、自分の仕事を如何に楽できるか、そして、得る報酬は多くしたいと思っている奴や常に辞めたいと振り回している管理者などは除外した。管理者は今月末で退職を認めたので。
 ヘルパー2級が無くなるのが近づいて来て、受講申し込みが活発だ。しかし、当社営業の主体となっているfax営業が勝手に送ってくるとのクレームが多く、限界に近付いた。新聞への折り込みとポストインを始めた。反響は良く、嬉しい限りだが経費がかなり多い。faxだと8000件弱で5万円を超えないのに、新聞折り込みでは3500件で印刷も含めて20万円掛かる。
 予定のあった元議員との二つの日程に予定が入った。断りの連絡を入れたのだが、結果的に押し切られて変更した。いくつもの、未定の予定があるが早く準備して新たな事業を動かさないと。
 介護保険報酬の大きな変更が2年後行われるが、それまでに準備万端にしないと社員やその家族が路頭に迷う事になるので、私も少しは力を入れて頑張らないと。

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