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トップハート物語(5055)立志伝敢闘編
19/04/20
2013年(平成25年)1月中旬。
 そして、もう1本は怪我をした新規事業所責任者だった。午後にでも会う積りで午後の予定を聞いたのだ。どうやら業務多忙で、私が空くのが2時過ぎ。彼女が空くのが夜になるという。
「新規面接やカンファレンスなどが続いている。」
という。
という事は、案外、大変そうで動けるという事か。移動にも運転するのだが、
「負傷は左足なので大丈夫だ。」
という。
それでも、無理をさせないように新人の研修中の男性を運転手として使用するように指示した。が、大丈夫と言って自分の不注意で起こした事故で会社に迷惑を掛けられないという意思を示したので、これ以上強く言っても仕方が無い性格なので
 「体は大事にしなさい。」
 と、端的に言った。
 午後から居宅介護支援事業所の管理者と出掛けた。いきさつは良く分からないが、二号保険者で親族の庇護のもとに生活していた糖尿から来る失明寸前の障害者である。当社の自立支援が関わりだしてから、自立する気持ちが芽生えて親族の介入を断りだした。
それを気に入らないと思っている親族は意地悪を始めた。生活保護費を取り上げて居た親族が通帳を渡さない。通帳を新たに作って口座を別にしたいのだが、何故か市のケースワーカーが親族の了解を得るように言って許可しない。ケアマネジャーが当社になったのでそんな馬鹿な、と指導して市との調整をさせた。
 保証人となっているのを取り消すので、借りているアパートを出るように不動産会社に言って意地悪をする。それだったら、当NPO法人がその保証人になると言うと不動産会社が折れた。
とにかく、意地悪をはねつけるように介護と自立支援事業所に指示した。折角、自立心を持って生きようとする人間をまるで金を生み出す装置のように何も言わせず生活保護費の通帳まで取り上げるなど許されることなど無い。
 その方針に従って、生活全般のサポートをして行くと何と悩みが意外なところで生まれ始めた。金銭的な余裕が出て来て、生活保護費が溜まり出したのだ。それは悩みだ。このままで行くと生活保護費が減額されると。
その悩みを抱えながら、目の手術をすることとなった。その入院手術に際して必要なものが出て来た。保証人だ。その相談があった。当社で保証人の事業を始める予定だが、それは2月末に契約書が出来てからだ。現在顧問弁護士が3人掛かりで各種事業の契約書などの検討に入っている。その成案が2月末なのだ。それなのに、その手術は22日だという。
 仕方が無く、腹を決めた。その手術は1週間程度の入院期間なので、保証人はその期間だけすることにした。面接をした。静かな素直な人だ。意思を強く持って生きて行って貰うためにはサポートが必要だ。無償のサポートになるのだが、金銭だけの問題で済むのか気になったのでケースワーカーの了解を貰い、加えて病院で保証人の保証内容を確認させた。一般的な保証内容だというのだが、その大半は医療費の支払いだ。しかし、みなし2号なのでその心配は無い。
 30分程度で説明を終えて了解を貰った。問題は契約書の文言だ。期間を加入するだけで済むのだろうかと心配になった。金銭だけだったらいいのだが、様態の急変や後遺症の発症など色々難問がある。そのどれもが可能性があるのだが、意を決したからには実行しないと利用者の安心は得られない。
 続いて、もう一人の後見人の依頼者に行った。付き合いは長い。私がこの世界に入った年から担当している利用者だが、色々金銭のトラブルが一番多い。どういう訳か、人に金を貸してしまう。それも、自分が無いから銀行の借越し契約で。
または、どこにモノがあるのか分からない通販の金額も大きかった。弁護士が間に入って、結果的には何年もかかり何とか支払いを終えた。独居なのだが、認知症があるのかどうか判断に迷ったのだが医師の意見書で後見相当という判断が出た。
 これから戸籍謄本などを取得してその業務に移る。そのために、委任状を貰って役所に行って戸籍謄本と住民票などを取る。その委任状にサインを貰いに来たのだ。説明は以前に終わっているのだが、一番大事な金銭の管理などを再度説明し了解を得た。
その際、住所や氏名を書いて貰うのだが、欄を反対に書いたり住所の表示名をぬかしたり、書面上は認知症をうかがわせる内容に仕上がっていた。
 その足で、怪我をした新規事業所の責任者の状態を確認しようと新規利用者宅に行く場所で待ち合わせることにした。それまで時間があるので、通り道にあるパスタ屋さんに立ち寄った。ここの責任者は当社の登録ヘルパーさんで空いている時間に働いて貰っているのだが、最近は業務が忙しそうで仕事に来られて居ない。


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