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トップハート物語(5054)立志伝敢闘編
19/04/20
2013年(平成25年)1月中旬。

 時間は24時間しかないから、大変ですよね。何を優先するか考えているそばから時間が経過して行きます。本当に、この年になると1日の時間が倍欲しい。

 自己主張が強い地域ですから、東北の自分は唖然とします。唖然としている間に、好き勝手な事を述べ続ける。

 朝一番で銀行へ向かっている時にNPO法人常勤理事からメールがあった。
 『新規事業所の責任者から、階段を踏み外して怪我をしたので病院で治療を受けているので、今日の通院の予定を変更していいかと問い合わせがあります。どうしますか。』
 と言って来た。
 どういう事なのか理解が出来なかったが、時計を見ると通院出発計画の10時には担当者を変更するにも時間が無いので了承した。出勤途上での怪我だと思った。そのあと、報告を本人に求めた。
 『落ち着いたら症状を報告して下さい。』
 暫くして、報告があった。
 『怪我は靭帯切断で、キプスをして松葉杖になります。』
 問題は予想できないくらいの影響が出て来るという事が認識で来た。
 一体どういう事なのだ。一番大事な時期に、怪我をするなんて。出勤途上での階段踏み外しと想像をして保険会社に連絡した。
状況を報告する事が一番必要なのだが、自損事故での対応は久々であるが労災になるのかどうか。ただ、当社の場合社員の事故に損害保険を掛けているので1日通院幾ら、入院幾らと計算される。
続いて、社会保険労務士にメールで事故報告をして労災になるのか健康保険になるのか不明なので、どちらにしても必要な手続きや書類を教えて欲しいと問い合わせした。
 心を落ち着かせようと仕事の手を止めた。しかし、頭の中は混乱していた。新規事業所で彼女が勤務不可能になったら事業所は停止する。何しろ、管理者は今月末に退職する事が確定している。事業所全体を司る責任者が勤務不能に成れば統率する者が居なくなる。何たることだ。暫くすると落ち着いて来て、常に私の人生はこんなものが続いていた。これが普段の私の生活だと思って来た。再び業務に移った。
 電話が鳴った。年末にお会いした地域の商工会の幹部で、電気自動車を街おこしに発明製造して世界にアピールした方だ。商店街の活性化で動き始めた筈なのだが、最初はそんな意思があって話が進んで居たのだが、何故か段々と、
「自社所有の遊休地や不動産を使用してくれないか。」
と言われ始めた。
商店会の活性化のプロジェクトは一体どうなったのだろうかと思っても居たが、結論はそんな風に成ると予想はしていたので驚かない。今年の運勢にも出ていたが、希望を変更しても良い結果が生まれるとか、計画を変えなさいとかあった。
 電話で、去年言われていた不動産を現地確認してその感じた事を話した。そうすると、ほかにもあるという話になって戸惑う私を尻目に、整骨院などを数か所経営している方を紹介したいというのだ。
 「多くの人と関わりを持って多くの人たちと協力し合って活性化をして行きましょう。」
 そう言って受け入れた。
 実際に具体的な話を多くの方と交わって31日に会合を持つことにした。
 その電話の話をしている最中に、何本も連続重なって私の携帯電話が鳴った。電話は1個なので終わってから確認した。
 最初は京都の市民後見センターからだった。12日に今年最初の講習があるが、その事かなと思って掛けた。そうすると、今度講師をお願いしている代表者ではなくそこの他の職員で、
 「自分が講座をするように言われたので、資料を送りたい。」
 そんな話だったが、詰めて行くと日程が変更になったのを知らないという。
 この代表者は返事をしないし、必要な事を引き継がない。この後見人の先駆者で東京大学での市民後見人講座を受けた時の講師だった。紹介を受けて教えを請うようになって、始めての後見を受任できたのもお陰があったからなのだが、とにかく連絡しても返事が無いし大事なことも一切教えてくれない。
必要がある時だけ連絡して来る。もう関わりたくないと思っているので、今回限りだと思う。新たな講師を探さないと行けない。その変更になった日程を教えて一旦切った。今度は、居宅介護支援事業所管理者だ。今日昼に身元保証で利用者宅に行く約束があり、その件だった。
 彼女は3ケースの後見関係の利用者を抱えており、いずれも相談に乗っている。その中でも、一番緊急を要する利用者宅に行くのだが足をどうするのか聞いて来たので連れて行ってくれとメールした。

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