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トップハート物語(5046)立志伝敢闘編
19/04/16
2013年(平成25年)1月元旦。
朝から雪との予報だったが、時より陽射しが差す初詣日和だった。
朝食は、ホテルのおせち料理にした。2700円程度だった。ここ熊本に来て気付いたのは、全体に食事の味付けが甘いということだった。
 地元の料理を食べたいと思っていたが、最初の夜は海鮮丼。新鮮な海産に満足。翌日の朝はホテルのバイキング料理。和食にして地元の食材を探したが、これといって無かった。昼は、福岡県柳川市のウナギだったが残念なものだった。
夜は駅で、半額にて販売して居た弁当。10時から大晦日習わしの年越し蕎麦を頂いた。
 そして、今日のおせち料理に期待を持ったが特に無かった。ただ、食事の時に下に敷かれた熊本城の錦絵図柄のものは目を見張ったので頂いて来た。加えて、お膳に添えられていた折り鶴を
 「これを頂いても宜しいですか。」
 「どうぞ、幸せを運びますからね。」
そう言われて、喜んで頂いて来た。
 そんな気持ちが良い朝を迎えて居たのだが、部屋に戻った瞬間に電話が鳴った。部屋の電話が、けたたましく鳴った。いま食事をして来た和食の店、千羽鶴からだ。食事をしたことを確認してから、最初に申し込みのあった朝食付きの料金からおせち料理差額を貰うのを忘れたというのだ。
 しかし、昨日変更する際に部屋付にするとフロントスタッフが、おせち料理申し込みの時に言って居た筈だった。それを、部屋付にしていいかなどと聞いて来るのは一体どういう連絡体制になっているのか。
そんな不快ななか、今度は驚いた事にテレビを見ていると突然部屋の鍵がガチャガチャと鳴って、余りの出来事になす術も無く声も出ず驚いていると開いた。
 しかし、テレビの音に驚き開いた隙間で部屋に誰か居ると認識してドアが閉じられた。唖然として、最初に隣接の部屋の客が間違って開けたのかと思った。時間が経って思考が正常になるとおかしいことにきづいた。
部屋の鍵が開くのは合鍵が無いと開かない。それは従業員が合鍵で開けたから開いたのだ。つまり、掃除のおばさんが開けたのだ。何も言わずに閉めて知らん振りか。ニューオオタニにも落ちたものだと思ったが、我慢は出来ない。
 11時にチエックアウトする際に
 「二つ言いたいことがある」
精算を済んでからフロントの女性に言った。
 千羽鶴からの請求、部屋を勝手に開けて何も言わずにトボけて済まそうとした行為。一流ホテルでも地方に行くとこんなものだと思うと同時に、自分も苦労する人材の能力にどこも苦しんで居るのだと国力の低下をここでも感じ取った。教育の崩壊は国の崩壊に通じる。
 荷物を駅のコインロッカーに預けて、慣れた市電に乗車して熊本城内にある加藤神社に向かった。戦国時代の武将加藤清正公を祀った神社だ。熊本、肥後を治めたのは僅かな期間、徳川の狡猾な罠に引っ掛かって取り潰された加藤家ーその後長い間治めたのは細川家だが、街は加藤清正一色と言っても過言ではない。
 街の中は静かだ。思ったよりお正月の喧騒はない。昨日の繁華街でもそう感じた。私が小学生の時に社会科で「森の都」熊本市と学んで「杜の都」仙台市の私は対抗心を燃やしたものだった。
人口も昭和30年代は同じようなものだったものではないのか。しかし、今では大きな活況という面では差が出来た。仙台市から間を置かず来た私の実感だ。ただ、治世の差は分からない。
 加藤神社までに、40年振りに目にした熊本城。あの時には何処に立って眺めたのか記憶に無いが、あの時感じた黒い殺風景なお城というイメージは無くなった。

箱根駅伝を見ながら少しずつ細々と書いていたのに、佳境に入ったところでまた突然消えた。気力がなくなった。
 加藤神社に向かうために熊本城に入り神社に参拝。破魔矢を求めた。繁華街に入り、熊本が生んだ芸能人のスザンヌの母親が経営するキャサリンバー、お笑いのクリームシチューの上田の兄が経営する中華料理店で記念撮影。駅に戻って福袋を求めて。予定通り3時間半を掛けて戻る。乗り換えて自室に戻ったのが8時。4泊5日の休暇は終わった。

『よろしくおねがいします』

『自分も1度でてますから・・解ります。』

『頑張ります。』

『九州は味付け甘いです・・・それにしても・・嫌なこと・・』

『今日からしばらく・・フルタイムで多忙・・・』

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