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トップハート物語(5043)立志伝敢闘編
19/04/14
2012年(平成24年)12月下旬。
『人間は弱いもんですね・・・』

『人間は弱いもんですね・・・』

結局というか、やはりというか、待ち合わせの9時に先輩から電話があり。1時間遅れの10時に待ち合わせした。それから1時間後には南三陸町の街域に入った。それから一目散に友人の自宅があった場所に向かう。
瓦礫の処理はゆっくりと進んではいるが、方々にまだ沢山の残骸が放置されている。それでも、友人の店の跡地にうず高く積まれて居た瓦礫は取り除かれて、土台が剥き出しになっていた。鉄筋コンクリートの剥き出しになった無残な姿を見て、その力のすざましさと恐ろしさを感じた。
 防災センターの鉄骨の前に行き先輩が持参したお線香を手向けながら手を合わせ、冥福を祈った。復興市場で業をいとなんでいると聞いた、友人の弟さんの店に向かった。お墓の場所を聞き出す為だ。
 復興市場でその店をみつけて、入ろうとすると電話が掛かってきた。議員だ。
 「今、大丈夫。」
 「帰省して、南三陸町に来ています。」
 「忙しい時にすみません。元日に私の家で私の手作りの料理を振る舞うのを毎年しているので、良かったら来て下さい。」
 「戻るのが、夜の8時頃になります。」
 「そう言って、婉曲に断った積りだったが
 「大丈夫、夜の11時頃までやっています。シンフォニーマンションの1116号室です。」
 「分かりました。」
 そう答えざるを得ない。
 切って、その店の中を覗くと既に先輩が入って居て何かを話している。外で待つことにした。
 実は、会い難い思いがある。大震災で行方不明になった友人の安否を気遣って、情報を求めてネットを検索していた。先輩が、友人をよく知っているという人と同じマンションに住んでいるといい、
 「その人に聞いたら、お前の友達は生きて避難所に居るといる。」
 「本当ですか。みんなが安否を知りたがっている。間違いないですね。ネットに投稿しますよ。嘘だったら大変なことになります。大丈夫デスか。きかれたら、先輩の連絡先を教えますよ。ちゃんと返事してくれますか。」
 そんな駄目押しや、念押しを繰り返して、その友人の知人という人の情報を信じてネットに掲載した。問い合わせが、何人かからきた。私が掲載に至った経緯を説明する。先輩の連絡先を教え、先輩にも問い合わせがあった同級生などの連絡先を教えて、ちゃんと説明するように頼んだ。
しかし、履行される事はなかった。結果は行方不明になっていて、私の掲載した情報は息子さんの投稿によって否定されてしまった。ガセネタを私に提供した先輩を事が事だけになじったが、平気の平左で
 「こんな時にはよくある話だ。」
とか、
 「これでお前も同級生に顔合わせ出来なくなるだろう。」
などと、完全に狂気の世界に入っていた。
 先輩が聞き出した、友人の墓標を求めて墓地に行った山肌の全面、立錐している密集していて墓と墓の間が無い。あまりの多さと、崖のように斜面の歩きにくさで諦め掛けた。地図も下手くそで分からない。
 
手分けして、崖に沿って降り積もった雪に足を取られないように探したが。こんなにも大きな墓地だとは思わなかった。区画されている墓地しか知らない私にとって、我慢強く探せたのは、彼との過ごした青春の思い出が人一倍多かったからだ。
迷ったら原点に戻るというのを思い出し、一旦駐車場戻り示されていた分かれ道を無視して隙間を縫った。目の前が畑というのも無視してみる。草原が見えた。
確信が芽生える。これまで見た墓標名に彼の氏を記しているものは皆無だった。佐藤、佐々木、及川などばかり。彼は今でこそ名士だが、地域では傍系なのだ。彼の苦労を思った。
 あった、ついに見つけた。これに間違いはない。前は絶壁だ。近づいて、墓碑を見た。彼の名前が戒名の下にあった。命日は、平成23年3月11日とあった。行方不明であったが、その日に亡くなったのだ。改めて、冷たい海水の中で何を思って意識が遠ざかって行ったのだ。持参した水を墓標に掛けた。彼の墓標を画像に納めた。これで、私の思いを伝えた。もうここに来る事はない。今生の別れだ。
 満足して、この地域の復興のリーダーである高校の2年先輩の店に向い昼食を摂って、彼と裏表の店の位置だった彼の最後を聞いた。もう一人の同級生の最後も聞いた。
一目散に薄暮の中を仙台に向けて戻る。大先輩の八百屋さんに向かった。丁度、配達途中だと聞き、車の中で長時間待機した。
やっと戻って来た大先輩と小一時間小雨の中で傘も挿さず、5年ぶりに一杯話をした。その中で、やはり
「私があのボロアパートを出られると思いませんでした。あの生活が死ぬまで続くと思っていました。」
「奥さんと出会って全く人生が変わってしまったな。」
「有難う御座います。先輩のお陰です。」
 そうなのだ、いま目の前に居る先輩が妻との出会いを作ってくれたのだ。感謝してもし尽くせない大先輩の恩義。私と妻との出会いを取り持ってくれたのだ。最初は信じられない申し出だったので。いつも冗談を言って人をドッキリに仕掛けるので、
「彼女が会いたいと言っている。」
といわれても、信じ難かった。
あれから37年。余りの変化に自分も驚いている。
すべての今日の予定、この仙台に来た予定が終わった。
御神籤をでは大吉。来年の占いは「福運」。同行した先輩は「八方塞がり」
気持ちがいい年末を迎えられた。

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