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トップハート物語(5041)立志伝敢闘編
19/04/13
2012年(平成24年)12月下旬。
 今日仙台へ帰省する予定である。記録は、27日分になるが一旦事務所での記録入力は元旦の夜に戻って来て、2日目の箱根駅伝が終わってその夕方からになる。
 朝から、最終コーナーを回り始めた。あとは、年末調整の現金の準備と支払い。少しずつ封筒に詰めて社員それぞれの金額を受領したとの領収書を作成して封筒に入れて、それを届ける。
社員全員に年末調整で戻る金額は40万円近くになった。現金を準備したはいいが、千円札や五千円札が不足した。そのたびに、崩しに走って揃えるがそれでも不足したので事務所の小口現金を、1万円札を渡して細かくして貰う。
小銭は沢山あるのでそれで賄えるが、それにしても、多くの返金があるという事は所得税の計算がうまくされて居ないという事か。
 10時に退職者が最後の手続きなどで来るので準備した。9時に出て、銀行へ行って振り込みなどの最後の手続き、研修センターに行って挨拶と札を崩して貰う。戻って来て、最後の日となった社員と会う。
丁度1年の勤務だった。彼女は性格もよく、利用者の受けも絶対的だった。それが入社して半年で離婚。子供さんが小さいので実家に戻ったが、余りにも遠方。通勤に2時間近くかかっていた。通勤は前から分かっていたので、十分耐えられるとのことで勤務が継続されたのだが、問題は家族にあった。
親が子供の面倒をみるとの約束だったのだが、お年寄りでは離れて過ごしていた子供の面倒をみるのは大変だった。
 いさかいが絶えず、ついにヒステリー状態で過ごす日々も多くなり本人が決断したのは退職だった。彼女の家庭の状態を見て、勤務時間を短くして尚且つ土・日曜日、祝日、お盆や年末年始、子供の行事などには参加させて休暇を充分取って貰った結果、月間勤務時時間は130から140時間と他の社員とは大分違っていた。
それでも、彼女のキャラクターや真面目な性格や真摯な態度にみんなが協力し、給与もみんな同じ扱いでもクレームも無かった。また、その女優のような笑顔に多くの仲間だけではなく利用者も癒されていた。
 10時彼女が来て、最後の話をした。そして、精算や保険証の返還、講習料の支払い、給与明細など必要な手続きを終えた。
 「いいか、これから大変な生活になる。俺がクリスマス会で歌った歌聞いていたか。」
 「聞いていました。」
 「途中で不幸に出会ったら帰っておいでよいつだって・・・。何人かの社員が一旦退社しても戻って来ている。登録なんて生活できないのは分かっているので、困ったら連絡をください。」
 「はい、必ず連絡します。電話番号を教えて置きますのでいいですか。」
 そう言って、個人の携帯電話番号を私の会社の電話に掛けて来た。
 「どうして会社の電話に掛ける。個人の電話に掛け直してくれないか。」
 「私個人の電話番号は知りません。」
 そう言うので教えて、再度掛けさせた。
 なんとなく名残惜しくて、言葉がぎこちない。それでも、途切れればそのまま去って行くので、言葉に感情が籠らなくても話し続けた。まだ今年、30歳になったばかりだ。シングルで子供2人を育てるのは大変だ。
 「いいか、苦しくなっても風俗には行くなよ。」
 冗談のつもりで言った。
 何しろ、大学生時代に結婚して働いた経験が無いという事だった。
 「もし、そう思ったら本社のTが働いている高級クラブで働くように。」 
 「○○方面で働いた経験がありますが、そこはノルマが厳しいので辞めて置きます。」
 何と、知らぬが仏だ。
 時間もそろそろと思ったので、あまりしつこくすると嫌われるので一旦そこで終わりにした。新規事業所の管理者が退職するので、その後釜に考えているのだが、まだ口に出せない。
 午後からは利用者周りをして、やっと今年の仕事は終わった。夜、大東本社の忘年会の支払いに10時に木曽路に行った。時間が取れなくて遅くの8時からの忘年会になったようだ。25名参加の最初予算が15万円程度と管理者は言っていたのだが結局29万円をはるかに超えていた。そのまま、二次会でカラオケに行って午前1時半にお開きとなった。
 このまま、商店街活性化プロジェクトの会合に行って戻らず帰省する。

『税金使うから』

『かも・・・』

『止めてもらえる・・・と、甘えている 』

『時間かぶるとこだけ、他のヘルパーさんたのんでいます。 』

『1月は仕事減らして、勉強できるように・・配慮してもらいました。』

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