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トップハート物語(4944)立志伝敢闘編
19/02/22
2012年(平成24年)10月中旬。
『大変ですね・・やはり、地元の発展とか・・・。
利用者も最近はなかなかなものでなんでも当たり前と思うのか?関わる方の苦労は大変です。
この仕事も多様化で、ヘルパーの待遇やらなにやら・・・頭のいたい話で・・なんでもお金・・ですね。
今日は暖かい日でしたが、秋の天気・・・気まぐれです。風邪ひかないように・・・ 』

 ヘルパーさんの意識が大きく変っているので、利用者の意識の変化がきっちり読み取れずに、報告があってそんなに酷かったのかと気付く時が有ります。これから増えて来る団塊の世代はもっと大変なのでしょうね。戦前生まれの自制の利いた年代と違って、戦争に負けて自由を享受した時代に生きた人たちですから。

 懐かしいですね。ディスコという言葉。私の20代はゴーゴーなどと言ったものも有りましたね。飲みに行くと言っても、お金がなかったから殆どが職場の先輩に御馳走して貰った。コンパなども沢山あって、安く飲めましたね。カクテルが50円くらいでした。給与が3万円くらいで。
 懐かしい話は、話が弾みますね。昨日テレビを見ていたら、以前ファンだった「岡崎由紀」さんが出ていました。同じ年代です。当時の事が沢山回想されて、まだディビューしたてて名の知れていなかった「酒井和歌子」さんが近くの公園に来て記念撮影があったので写した写真が沢山あります。

 若い年代の者ですが、自分の言っている事が分からない。どうして、自分たちのトラブルに利用者を紹介しないと行けないのか。時間を取ったので、理解できるように話をしようと思っています。

 大型店の進出で周りの商店街がシャッター通りに。大型店は周りの住民が高齢化すると収益が下がるので、直ぐに撤退して他に行く。そうすると、シャッター通りと廃業した大型店が入っていたビルだけが残る。完全に買い物難民が生まれてしまう。
『そうですねえ・・たぶん、ヘルパーを下に見て家政婦なみ・・介護保険の範囲内もぎりぎりかな?すでに、若年性認知症が出てるとのこと・・・』

『あら・・・・同じです。日産入社時、3万少しでした・・・。懐かしい時代でよかったころですね。』

『自分のいってることわからないのかも 』

『そういうところが増加してると、テレビで見ましたよ。少子化の割に、若い人が狙いの店舗・・50代以降のものがない!!・・だからたちゆかなくなります。廃墟ばかり・・・ 』

 色んな仕事を少しずつして、昼に自宅マンションに戻った。昼食はホテルで異業種交流会があり、そこで済ますのでジャージの下だけ履き替えてホテルに向かった。40人ほどが集合する異業種の経営者の集まりだというのを初めて会場で知った。地元の議員勧めで3人ほど出席する事になっていた。私とNPO法人常勤理事、新規事業責任者。会費は5000円だ。
 一番の難点は、この会合もそうだがお年寄りが多過ぎる。主宰者も参会者も。だから、話が長い。とってある時間は1時間だと聞いていた。短いがカネがないのだろう。それなのに、挨拶が長い。気付いた時にはもうすでに40分が経過していた。信じられない。
それから、やっと乾杯だ。しゃべりたい奴が沢山いて、お年寄りのつまらない話に聞き入った。やっと、食事が始まったのだが、隣の席に座った男性が継いで来たので私も酌した。事業所のパンフレットを出してくれた。
 それは高齢者住宅を勧誘するパンフレットで、見て住所をみた。ある思いが浮かんだ。私はあくまで自分が介護事業所を運営していると分からない名刺を出していた。最初はNPO法人の名刺を出していたのだが、隣の席からその名刺が無くなって訪問介護事業所などを運営している名刺を出した。
続いて、それが分からない運営会社である株式会社の名刺を彼に出した。何故そうしたか、思い違いでなく疑念が確信になったからだ。偶然とは恐ろしい。それでも、黙っていた。
 3人で出席したのだが、それぞれが異なった名称で誰も同一事業所というのを気付かない。しかし、顔馴染みというか一人置いた席の人物が私の紹介を始めた。これで、二度目の同席なのだが私の介護の教え子なのだ。
地元での顔の広さが有り、多くの人を紹介してくれる。その悪気のない行為が隣の席の高齢者住宅を始めるという人間との話をする羽目になった。
 実は私が求職者支援で講師をしている教室の生徒が、自分のこれからの就職プランを話してくれた。その時のその就職先の事業運営内容が余りに杜撰なので、助言をした。たとえば、常勤のケアマネジャーが不在なのに居宅介護支援事業所の指定を取得しているとか、実際はサービス提供責任者が不在なのに、訪問介護の指定を取得して自分が卒業と同時に実質的に初めてのサービス提供責任者になるとか、そんな恐ろしい話をしていた。
 「最低限の法律や規則を学ぶように。」
 そう助言してカネを出して勉強に行ったようだ。
 その経営者がその隣の席に座った人物なのだ。そのうえ、その人物も当社の講習を受けてその講師が、一緒に来た新規事業所の責任者だと言いだした。新規事業所の責任者もそれを思い出して、話が少し弾んでいた。
隣の人物と型通りに話に終始していたが、成年後見人養成講座の話をすると、参加したいと言いだした。
 他のテーブルの参加者と名刺を交換した。新聞社とか障害者の働く場所を確保しながら、賃金を高くなれるように仕事を探して来る方、あとは製造とかサービスとか。しかし、時間がなくあっという間に終わってしまった。多くの議員がたくさん来て、次々名刺交換をした。
 終わってから、暫くカフェでお茶を飲んで新規事業所の話を聞いた。トラブルはあるのはあるのだが、ひところに比べると少なくなった。というのは、社内が落ち着いて来たからだ。出入りが激しく、落ち着いて何も出来なかった。それが、まとまりが職員の間に生まれて来て何とかなりそうになって来た。責任者が、
 「デイサービスの送り出しに行っている利用者から、ヘルパーさんが断られました。そのヘルパーさんが、デイサービスの車が見えなくなるまで見送らなかったという事です。」
 「あほか。」
 そんな話だけで、新規の話はチラシをまいた結果だということも。
 「動けば必ず跳ね返りがあるから。」
 そう言って励ました。
 そう言えば、認知症を妻に持つ夫から電話があった。
 「佐藤さんにご相談をしたい。電話で話せるようなことではないので、一度来てくれませんか。」
 「なんですか、大体の話をしてくれますか。行くと、忘れたとかそんな事言わないとかいうので、信用できない。」
 「実は、認知症の妻をカラオケに連れて行って欲しい。佐藤さんにお願いしたい。」
 「ヘルパーさんに自費でお願いしますが、いつも行くと高いから要らないとかひとをバカにしたような言動を取る。本当にお金を支払って行くんですか。」
 「いや、佐藤さんにお願いしたい。」
 「私は行きません。そういう仕事はしませんので。本当にヘルパーさんにお金を支払って行くんですか。」
 「それじゃ、結構です。検討します。」
 私が無料で、ヘルパーさんだったら支払う必要があるので計算高く考えたのだが、私はみんな知っている。


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