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トップハート物語(4916)立志伝敢闘編
19/02/07
2012年(平成24年)9月中旬。
朝、自宅で迎える。7時に、自分で料理をした。冷蔵庫が満杯で、妻のいつもの性格が気になる。レタスが幾つか見つかったので、レタスチャーハンを作る事にした。豚挽肉が少し多めに区分けして冷凍してあり、解凍したら全部使用しないと行けないので、残りご飯を見ると丁度いい具合だった。
 フライパンを熱して油を少々入れて卵を3個スクランブルエッグを作って皿に移した。挽肉を入れるとフライパンにこびり付き、調子が乗らない。スクランブルエッグの段階からそうだったが、特にこの段階で気になった。
何で出来ているのか、金色の綺麗なフライパンだったが、片手鍋など幾つかのセットになっていた。蒸し器の蓋にしては可笑しいし、心配に成りながらも継続した。
 調味料だが、スクランブルエッグを作る段階から不足していた。幾ら探しても、塩しか見当たらない。胡椒や味の素などが見当たらない。無いので、塩だけで作った。最後にレタスを一個全部入れて完成。
その時に、妻が2階から下りてきた。
「調味料が何も無いが。」
「・・………」
「塩は安い物を買って居るだろう。塩辛いだけで身体に悪いぞ。何百円高いだけで長期間使えるんだから。」
これ以上言うと、逆効果になる。
 出来栄えは、私が作ったので、言わずもがな。
11時に家を出た。雨が降っていたので長男が駅まで送ってくれた。ローカル線だが、グリーン車が接続して居る。満席だ。それせも、下の席に空きを探して座り上野まで行った。上野駅からタクシーで東京大学正門前のフォーレスト本郷に行き、荷物を預けて説明会のある東京大学工学部25番教室に入った。
 大盛況だったが内容がなくガッカリだった。1時から3時まで。終わって沢山あった電話に、掛けた。クロネコヤマトから、サンマが届いたとの連絡。郵便局から書留が配達しに来たという連絡と判明した。

それが終わってから、成年後見人事業の指導をして貰って居る京都市民後見センターの代表と打ち合わせさせて貰った。5時過ぎから2時間程度だったが、今勉強に派遣して居る社員が周りの諸先輩の指示を、成年後見事業に関わって居ることを理由に拒否したり、一部だけ受け容れたりして問題社員となりつつあることを説明した。
 その場合、彼女をそのまま置いておく、詰まり今行っているような勉強に派遣することはできない事になるとの見解を述べた。
 基本的には、ケアを行う事業所だ。後見事業をするにしても今現在全く無知の段階で京都に勉強させて居る以外は事務所に居る。仕事が無いので勉強して居るとの思いで、ケアがあったらそれに携わる事の約束だった。
 ところが、後見事業に携わって居ることを盾に、管理者や責任者のケア提供要請を拒み出したのだ。私のいない場で、その様な動きに出てそのまま放置しては将来の為にならないと、私がハッキリと意思の確認をして解雇や配置転換もあり得ることを言った。
 責任者は、私の言葉を受けて自分が最後の話をすると言うので、待つことにした。金曜日、断念の返事が来た。それを踏まえて、京都の代表に苦渋の報告をさせて貰った。
そして、私の事業計画を聞きながら、
 「あれこれ、聞いたけれどスケジュールがハッキリしないし、人的基盤がハッキリとしない。このまま推進しても、上手く行かない。何とか、人材を確保しないと。後見事業はそう簡単ではない。其れなりのセンスが必要だ。やはり、男性がいいと思う。」
 もっと厳しい言葉に感じたが、文字に起こすと柔らかい印象だが、私の心にはずっしりと重く響いた。
 自分が勝手に描いていた構図の、一番大事な点を指摘してくれた。画竜点睛を欠いた。猛反省をしないと行けない。

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