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トップハート物語(4915)立志伝敢闘編
19/02/07
2012年(平成24年)9月中旬。
『人と人の関わりが嫌みたいですね。ハングリー精神がない・・競争したくない・・ならば楽をしたい・・・どうなるのかな?いじめも陰湿・・教育者たちも自分を守る・・・ 』

『いい講師、売れっ子・・という講師はなかなかいませんね。 』

講師を商売にしている方はダメですね。言葉は上手いが、中身や実践の裏付けがない。現場に携わっている方は時間がない。

『実践なし・・・口先三寸では・・・ね。現場でしっかり仕事している人の話は惹きつけるもの心に響くものがあります・・・また、来てみたい・・
がなければ・・・・・ 』

私もこの世界に入る為に学んだ講座の講師の教えを胸に、今でも活動して居ます。13年後の今年、教え子が集まり同窓会がありました。そのように、何年過ぎても「地域社会に貢献する」教えが生きている教えを有難く思っております。

今は、埼玉の自宅を出て東京大学正門前の「フォーレスト本郷」の一室に居る。
朝から何度か投稿すべくipadを操作しているが、突然消えて仕舞う現象が起きて投稿できないでいた。
東京大学での成年後見人サポートセンター設立の説明会に参加して、夜の交流会を待つために一旦ホテルに戻った機会を利用して書き込んで居る。
書く内容は、前日の土曜日の件だ。
いつものように事務所にて仕事をしていた。土曜日と日曜日は、ゆっくり事務仕事が出来る。そんな仕事中に、デイサービス相談員から電話があった。
「認知症の妻の膝に注射の痕が二箇所ありますが、情報を下さい。」
なぜ、注射したか情報が欲しいという訳だ。
ところが、私も初耳で経緯が不明だ。これまで、往診を定期的にされている主治医は必ず報告がある。訪問看護も入っているので何かあれば連絡があるはず。その日程が過ぎた、木曜日から金曜日までの短期間の間に何かあったのか。あとは、毎日4回ケアをしている訪問介護が怪しい。
 介護管理者は、長期間管理者を行って居る。その慢心からルールを無視して自分勝手な理由を付けて勝手な動きをする不埒者だ。大体の予測を付けて、先ずはサービス提供責任者に連絡して問い詰めようとした。
しかし、ケア中らしく連絡が取れなかった。
あまり間を置く訳に行かないので、介護管理者にメールで問い合わせをした。
「デイサービスから問い合わせがあり」
分かりましたと返事をして、そのままで直後先ほどのサービス提供責任者から連絡があった。
「管理者がデイサービスに説明しました。」
何を言っているのか、頭に来て
「ケアマネジャーが、分からない事が問題だ。ケアプランにないことは勝手にするな。」
「申し訳ありません。夫の定期的な通院時に、夫が連れて行ってくれと。一人にして置けないので、連れて行ってついでに痛み止めの注射をしてくれと言われて。」
「デイサービスでは、痛くないと言って居る。」
厳しく問い詰めて、勝手な判断を厳しく戒めた。

『いい教えは、人をつくります。そしてまた、そこから次へいい教えが繋がります。ヘルパーの仕事もおんなじです。 』

『先に確認をしてから・・行動しなければいけませんね。ケアマネとか・・・ 』

自室に戻って、昼食を摂った。午後から埼玉へ戻るのと、東京大学での集まりがあるので戻って来るのが月曜日になって仕舞う。だから、食材特に野菜は買えない。残り物を集める。魚や肉は売るほどある。鍋にした。残りのキャベツを入れた豚鍋。餃子も入れた。
 これも残っていたおこわをレンジで温めて食べた。余り食べるとズボンが履けないので、セーブした。いつものように、NPO法人常勤理事に駅まで送って貰い新幹線の中に消えた。乗って直ぐに眠ってしまった。少し目覚めて、また眠る。大半の時間を睡眠に費やして東京駅に到着。
 途中、妻から連絡があり長男が秋葉原にマンションを借りて今日が、引越しだと言う。
「途中で降りて、車に乗せて貰ったら。」
と言われたが、余分な行動をさせるのは私ポリシーに反するので、断ったが新幹線の中に長男から連絡があり、結局、上野駅で待ち合わせして乗せて貰って自宅に戻った。
 寿司が、準備してあり直ぐに夕食。食べ終わり、話をしている時に封書が幾つかついていて開封した。前に勤めていた自動車関係の年金基金からの通知だった。
昨年、受給資格が生じているのに請求がなされていないと、請求するようにとのことだった。
中を見ると支給額が記してあり、なんと年額187000円だという。年金そのものは、現在の収入が多額なので65歳になるまで貰えない。まだ少し時間がある。
私は、あと幾つか企業年金のある会社に勤務実績があるが、その187000円と同じ位の勤続年数のある証券会社と、少し短い会社があり年金基金証書を出させた。請求すれば年額40万円位にはなる。
「やはりキッチリした会社に入ったお陰だな。」
そう、妻と話をした。
私は、何度も転職を繰り返したが、いずれも上場企業だった。
年金世代になったが、年金をあてにしなくても生活は出来るのだが、それを割り引いても間違いの無い生き方をして来たな、と満足出来る。


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