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トップハート物語(4900)立志伝敢闘編
19/01/29
2012年(平成24年)9月中旬。
『大変な仕事ですめ・・・大きくなるとそれなりに・・ 』

 これから経済が疲弊して、生活困難者で認知症で独居の方の生活を誰がサポートするのか、が問題となって来ます。今でも、市は把握していてもことさら関わりたくない、という態度がありありです。

 従業員不足となっていた当社は、厳しい環境に立たされていた。一転して、この日面接フラッシュとなっていた。
 朝9時過ぎに、明日面接予定の応募者から電話があった。
 「明日の面接に備えて会社を下見に来たのですが、交通の便が悪く通勤できないと思うので面接をキャンセルしたいのですが。」
 「そうですね、その方がいいと思います。」
 そう返事した。
 大体、最初から断っているのにハローワーク職員と一緒になってしつこいので、面接だけとの約束で受け入れた。何故なら、64歳で経験なし。ヘルパー2級を持っていて、前職が調理師。
 「経験がない64歳で男性ではヘルパーの仕事が有りません。」
 正社員に応募して来ているのだ。
 「それでも、おたくの求人票にはヘルパー養成講座をしていると書いてありますが、調理師の時代に部下の管理もしたので十分耐えられると思います。」
 「調理師と講習では余りに違い過ぎます。教育に携わった事があるのですか。学校運営は企画立案、申請から会場や講師の手配、卒業まで問題無く運営するのは経験者でも難しいのに、調理の管理者と言われてもそうですかと言うしかないのですが。」
 「それでも、2級ヘルパーの資格を持っているし・・・」
 そんなやり取りで、時間をいつまでも使っているのは無駄なので面接だけという約束だったのだ。
 それが、遠方だとか交通の便が悪いだとか言われても、最初から断っているのに、その方がいいですとしか言いようがない。
 10時から、今日介護職員基礎研修の卒業を迎える男性と面談した。クラス24人中一番まともで有能な生徒だった。施設を中心に面接を受けて来たが、先日最後の実習で当社の訪問介護に来ていた。
月に1度行くか行かないかの私が偶然にもサンマの配布で事業所に行った時に彼が居た。男性が欲しいと何度も各部署から言われていたので、駄目もとで声を掛けた。
 「どうだ、行くところが決まった?」
 「まだです。」
 「それだったら、うちで腰掛け程度でも良いから来てみるか。数か月でも、どんな勤務状態でもいいので興味があったら相談に来てくれ。」
 そう言っていた。
 昨日、研修センター責任者から
 「当社に来て頑張ってみると言って来ました。」
 との返事に、今日の10時から最終意思確認で来るように言った。
 スーツに身なりを整えて、かしこまって来た。営業主体に自営業など経験して来たので、言葉は次々と出てくる。最初は、これまでの履歴を物語風に聞いた。大学を出て親の自営を手伝い、荒波に揉まれたという。
多くの土地を持っていて、資産家でもあったようだ。しかし、バブルが弾けて暗転。最後には不渡り手形を掴まされて倒産。妻のこれまた別の事務所も閉鎖。
 そんな話をまず、1時間半聞いた。11時半に介護サービス提供責任者が来た。彼を見て
 「いつから来るんですか。」
 と、聞いて来た。
 そう言えば、まだ核心を話していない。
 「まだ、正式に応募して来ていないので分からない。」
 と、返事して彼に意思の確認をした。
 「何をするんですか。」
 「何をするって決まっていない。あとから、これだけしか言われないと言われると困る。沢山ある。ただ、言える事は男性だからステップアップして創造力を発揮するような仕事をして欲しい。確かに、この業界を生きるためには介護福祉士とかケアマネジャーとかの資格がある。それは、基本で最低だと思って暮れ。この業界はいつまであるか分らないし、法律が無くなるとか報酬が改定すると大きく影響を受ける。だから、これに拘った業務は考えてない。まだ若いこの業界は沢山のチャンスがある。ただ、このチャンスに気付かないし、気付いたとしても実行できない。資金も無ければ手段も分からない。それでは困る。自分の居る事が会社や他の社員の糧になる事を目標に動いて、働いて欲しい。」
 そう言って、たとえば成年後見制度運営や、ワンストップのサロン運営など一端を話した。
 彼はそれに耐えられる人材だ。まだ40代前半だ。納得して、遣る気が出て彼と話を終えたのが何と12時半だった。つまり、面接に2時間半費やしたのだ。これまでで、最高だった。

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