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トップハート物語(4897)立志伝敢闘編
19/01/28
2012年(平成24年)9月中旬。
『自分の故郷の味は、元気をくれますね。 』

 同じような思いを持っている事例が発生した。先日、障害者支援責任者から話があった。
 「Mさんなのですが、お父さんが腰を骨折して動けなくなり、近くに住んでいて看病しないと行けなくなりました。回復が思わしくなく、周りに当たり散らして。そのうえ、子供が引き籠りで登校拒否になってしまって、そのお父さんとの折り合いも悪くけんかが絶え無くて益々引き籠ってしまって欝に近い状態で大変な事になる前に、傍に居てあげたい。そのような理由で、10月一杯で退職を希望されています。」
 そう支援責任者が言って来た。
 彼女は独特の感覚を醸し出し、非常に評判が悪かった。当初からそのような悪評が有り、不要だと言って来た管理者が本人の存在を無視し始めていた。
「何をするにも、行動を起こすにも遅い。急いでいる時でも遅い。誰と組んでも遅い。
利用者宅に行くにも遅れても平気。」
そう聞いていた。
話す言葉も遅い。離婚歴が2回。何か病気ではないかと思っていた。仕事は、社員でありながらケアとケアの間を数時間空けないと利用者に迷惑が掛る。仕事も与えられない。それだから、事務所に居る。事務所に居ると管理者がイライラしてどこかに遣ってくれという。
 社員は全員サービス提供責任者だ。しかし、彼女だけは選任されていない。それどころか彼女は土曜日も出勤可能だ。その為に、基本月額が高い。そのうえ、休日出勤をするので超過勤務手当がついて高くなる。
そのような現象も有り、私も気になっていた。それが、突然そのような意思を表示して来た。その理由がその通りとは思えないと感じた。阻害されているのではないだろうか。そう懸念した。
 先に11月で退職したいと言って来た者は、条件を出して引きとめた。前に新規事業所の管理者が退職を申し出て来た時も条件を出して引きとめた。今度はどうするか、迷った。せっかく覚えてくれた仕事。他の世界から入って来て1年。
全くの素人よりは使えるなと思う。人手不足の折、折角の人材を手放すのは惜しい気がした。新規事業所の責任者に話をした。
 「多分、阻害されて辞める気持ちを持ったと思う。本当かどうか確かめてから話をするが、人がいないと言う事なのでそっちに回そうかと思っている。家も近いし、登録でもいいし。」
 そう投げかけた。
 当然、私が言うのだから拒否は出来ないだろう。本心は後日機会が有れば呼んで聞こうと思っている。
 夕方、突然、先日会った仙台の先輩からメールが来た。
 「高校時代の1年上の剣道部の小林を知っているか。」 
 「勿論知っています。眼鏡を掛けた物静かな先輩です。」
 その遣り取りから数時間何も言って来なかった。
 なんとなく気になったので、再度メールを送った。
 『どうしたんですか、気になりますが』
 『大腸がんでかなり悪いみたいだ。会った同級生から聞いた』
 『本当ですか、まだ若いのに』
 『相沢といい、続いて奴も・・・』
 相沢先輩も仙台の高校の剣道部の同じ1年先輩だ。
 若くして逝った。胃がんだった。見舞いに病院に行ってその姿に驚き悲しんだ。余りに小さくなっていたのだ。それが、同じ1年先輩で同じ運命をたどるとは。
 早朝4時に認知症を妻に持つ夫から電話があった。連日あるのだ。こんな早朝に掛けて来られるのは、昼間寝ているからだ。
 「尿器のふたがどこかに行ってしまったので来て探して欲しい。」
 こんな電話だ。
 前日は、
 「押入れを整理したら前の会社の書類が沢山出て来た。デイサービスに行っている間に整理して置いて欲しい。」
 何を考えているのか分らない。  
 最近は認知的な話は無くなったが、一時はひどかった。
 今は、言う事はまともだが受け入れられない内容なので無視している。介護は無料で我儘言えば何でもしてくれると思っている。行ってもしなければ、役所などに何もしてくれないと言うだけだと思っているとんでもない人なのだ。

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