お知らせ


お知らせ

RSS

一覧に戻る

トップハート物語(4885)立志伝敢闘編
19/01/22
2012年(平成24年)9月初旬。
『午後から・・・ゲリラ豪雨・・挙句停電・・3.11がよみがえりました。天気には勝てません・・残暑は続きますね。出かけるって大変です・・・ 』

 今年は本当にゲリラ豪雨が多過ぎです。それも、訪問介護員にとっては一番移動時間として外に出る時間に。出る時には快晴で、ケアが終わり次に移動するとか帰宅するとかの時間に豪雨です。それとともに、落雷が恐怖です。その落雷で先日、こちらでは2人の方が亡くなり8人がけがをされました。

『今日も・・ゲリラ豪雨みたいです・・・・午後から、町うちの知り合いの方々にご挨拶かねてでかけようか・・・って、10日まではケアマネまわりはできませんからね。避難仮説住宅もありますが・・様子見です。』

 今日のスケジュールは錯綜していた。当初の予定では、午前9時半に後見の申し立ての件で裁判所に呼ばれていた。それだけだったので、余裕を持っていた。最近、スケジュールを建てる時も、余裕のある計画を持っていた。
それが、先週の木曜日に市の交流会に参加した時に紹介が有り市会議員と懇談を持った。その後見関係の話をすると、議員会館に来てくれと言われた。最初は事務所に来ると言われたが金曜日は予定が有った。
月曜日には午前中の予定を言うと
 「それでは1時に議員会館に資料を持って来て下さい。」
 そう言われて、勢い午前午後ともギリギリのスケジュールとなった。
 朝は、起きられないNPO法人常勤理事の事を考えると公共交通機関で行くほかないと諦めていた。8時半に出ようと思っていると、メールで彼女から準備して迎えに行くとの事だった。7時半だ。
彼女なりに目覚ましでもかけていたのか。午前中の出勤は考えられない事なのだ。信用できないが待つ事にした。というのは、いつも約束しても時間に来ると言う事は無い。何かにつけて動作が遅く約束の時間を超えても急ぐ様子も無く謝りもしないのがこの地域の特徴だ。
 出がけにニュースで同席する予定の指導者である京都の市民後見センター代表の方が乗る筈の電車が人身事故でストップしていると知った。移動中、連絡が有って
 「遅れるので始めていて欲しい。」
 そう言って来た。
 15分前に家庭裁判所に到着しただが、面接する調査官の氏名を覚えていない。いつも、その指導者について行くだけだったので全く覚えていないのだ。調査官室でその方を呼ばないと行けないので困ったが、暫く過ぎると段々と思いだして来た。
不足資料を送付するする宛先を書いた紙を貰っていたのだが、その宛先を思い出した。その氏名を思い出した段階で裁判所の中に入って行った。呼んだ名前が間違いなく、良かった。
同席者が電車事故で遅れる事を話をして、面接が始まった。どうして私が担当する事になったのか、いきさつを聞かれて話をした。
 暫く基本的なお話をしていると、遅れて指導者が到着した。一緒に面接を受ける事になり、気持ちが重圧から解放された。この面接で私が初めての後見をする事になるのか決まるのだ。と、思っていたら違う方向になって来た。
裁判官の質問に思い掛けない返事をその指導者がするのだ。いきさつは、遠方なので私に遣って欲しいという話が指導者から来ていたのだ。被後見人は施設に入っているのだが、私のいる地域に入居しておりこれから転居するのだが、それもこの地域にある施設に行く事になっていた。それなのに、
 「これから誰が中心となって後見をするのですか。」
 「私がします。」
 と、京都の代表が応える。
 「事務的な連絡などは誰にしたらいいですか。」
 「私にして下さい。」
 そう、京都の代表が返事をする。
 一体どういう訳だ。なぜ、私に頼んで来たのか、理由が分からなくなる。自分がしたいのなら、最初から私に依頼しなければいい。
 そんな思いでいると、調査官が
 「私の提案ですか、佐藤さんが実質担当されて監督人として指導されている方が遣ったらどうですか。」
 そう言われると、否定できないのか
 「そうさせていただければ、有難いです。」
 そう返事していた。
 そうしてくれれば、私も勉強中なので力強い。加えて
 「報酬は期待していますか。」
 そう聞かれたので、当然のことながら否定した。まず、勉強する事だ。
 1時間ほどで外に出た。打ち合わせをしたいので、指導者を車で駅まで送って駅ビルの喫茶店に入り打ち合わせした。当NPO法人職員を研修に行かせるので受け入れをお願いしたのだ。そのほか、これからの事業展開など1時間ほど話をして1時に議員と待ち合わせしているので足早に外に出た。既に12時を指していた。

一覧に戻る


  • ヘルパー講座・セミナー 最新情報
  • ケア事業・サービス 最新情報