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トップハート物語(4881)立志伝敢闘編
19/01/20
2012年(平成24年)8月下旬。
 そのほかの当グループメンバーはスポーツ振興団体が3団体。そのほかは1団体を除いて記憶が無い。
 その1団体とは、先日全国版の新聞にも掲載された口笛を一緒に大勢で吹くギネス世界一に申請中の団体だ。そして、その方が突然私を知っていて自己紹介で私の紹介を始めたのだ。
 何と、私が実施している就労支援事業の生徒だったのだ。
「ずっと、私がお世話になった立派な人で、私はその教え子だ。」
と言っていたので、恥ずかしくて仕方が無かった。
今日進行している団体の方も私がNPO法人運営で後見人組織を構築するための指導を受けている方だった。グループはだんじりの長が取り仕切っていたので、遣りやすかった。何にも考えず話をすることも無く、指名されたら最低限度の話をするだけだったのだ。
どうやら、市のOBらしかった。他の人も余り活発に話をする訳ではなく、終わり間際に我慢できずに、先ほど私に不快な言葉を発した方が、途中退席してしまった。
 その方が、退席する前に
 「私は障害お子さんを持っていられる親のカンセリングもしますが、相談で一番多いのが、自分が年老いた後の子供の事で後見の必要性が高まっていると思います。そんな時に相談していいのでしょうか。」
 そんなことも言ってくれていたので、悪い人間ではないのか。
 6時半から始まった交流会も夜の8時半に定刻通り終わった。会場を後にしようと思った時に、先ほどの私の教えを受けたという団体の方が会場に来ていた議員を紹介してくれて、一緒にお茶でも行こうと誘ってくれた。勿論、誘われれば断らない性格なので同席する事にした。
 実は、会議の最中に何度も支援責任者から連絡が入っていた。電話とメールで。席を離れられないので、暫く我慢していたが気になって外に出て連絡したが話し中だった。終了してから何度も電話を掛けたが話し中だった。
こんなに話をしているのかと、こんなのでは電話代が嵩むのが良く分かった。会社の彼女の電話は2万円以上掛っているのだ。メールでは詳しい話が無く、
 『大したことは無いのですが、確認したいとこが有りますので時間が出来たら電話して良いですか。』
 と、あったので気にしていたのだ。
 結果的に繋がったのは遅くで、人材不足と新人のシフトの件だった。案ずるよりも産むが易し、だった。彼女は何かとクレーマーになって来て組織に置いてどうなのかを考え始めたので神経質になっていた。
 ファミレスに行って沢山の人との交流を図ってくれた。まず、大きいのは議員との懇談だった。私が後見の啓蒙活動を始めたと聞いて、
「積極的な関わりをしたい。」
と言い出したのだ。
それから以後、私の活動歴などを含めて市の対応やどうして広く周知できるのかなどを長時間に亘って聞いてくれた。その間、ところどころに同じ政党の方たちとの交流をふんだんに組み入れて話をした。
 段々と真剣になって、ついに積極的に活動をすることを約束してくれた。
 「それでは、おたくの事務所に行ってもいいですか。」
 と、唐突に言いだした。
 勿論大丈夫だが、言われた日は都合が悪い。
 「担当部署に話をします。議員会館に来てくれますか。資料を持って。」
 「はい、分かりました。」
 「それでは、3日月曜日は如何ですか。」
 「その日は、午前中家庭裁判所に後見の審判で行かないと行けないのです。」
 「それでは、午後1時ではどうですか。」
 とにかく、話が早すぎて、議員としては活動が活発すぎる。
 これまでの、私の後見事業に関する市役所へのアピール活動、商工会とのその業務を一部としてワンストップ事業のプランなどを話した。大いに興味を示し、
「そんな生ぬるい活動では得るものが無いともっと積極的な展開をするように。」
と、発破を掛けられて、その先陣を切るくらいの勢いだった。
 そのほか、世界的電機メーカーの本社がここにあり、そのOB会がNPO法人を作っている。その理事長との懇談もあった。同じように後見制度に関する勉強会を準備しているという。隣の市の団体なのだが、
 「市のケアマネジャー会が有り、そこで成年後見の勉強をする事になっている。ケアマネジャーだけでは利用者の生活を守る事は出来ない。自分たちに無いものを他の団体などと連携して利用者の利便を図って行こうと考えています。自分たちでNPO法人を作ってもいいじゃないかと言っている。」
 などと説明を受けて、今度ゲストに来てくれと言われた。
 話半分以下と思っているが、結構有意義な交流会だった。
 遅く10時半に戻って来て、駄目だと思ったがアイスクリームとチョコレートを食べた。


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