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トップハート物語(4875)立志伝敢闘編
19/01/17
2012年(平成24年)8月下旬。
『福島はまだまだ・・・暑くて・・・雨なし。私の住む町む放射線がわりに高くて除染はじまりましたが、仮置き場がない・・・たぶん・・今世紀中には解決しないでしょうね。原発があの姿でいるかぎりは。』

あの日の衝撃は忘れられませんが、多くの国民にとっては過去の出来事になりつつあります。私は、事あるごとに故郷に戻り被災地に行っています。
 一人ひとりが力を蓄えないと国は結果的に何もしてくれなくなるので、地力をつけるようにみんなに言っています。人は誰も助けない、日々自分の事で精一杯だから。親子や兄弟ですら他人行儀になってしまう。

 午後から、以前紛失した通帳のデータを発行して貰うために本社のある大東市の取引銀行へ行った。車で40分程度だ。電話では郵送だと言われたが、
 「少し待っていれば発行します。」
 と、言う事で待っていた。
 2時過ぎに銀行に入って3時過ぎに終わった。これで終われば、御の字だ。自分の不手際でこんな羽目になったのだ。その前に、銀行の階段をのぼり始めた直後足が上がらなかったのか第一の階段で躓いた。
思わず手すりを握った、それで転倒する事は無いと一瞬感じた。しっかり手すりを握りしめて体制を復元しようと思った。ところが、体の重みに耐えられずに足がもう一歩進んで自然に再度支えようと動いたのだが、もんどり上半身から崩れ落ちてしまった。
 手すりを掴んでいたので、ゆっくりした動作だった。膝と肘をコンクリートに打ち付けたが、衝撃が弱かったので掠り傷程度だった。周りに人が居なかったので恥ずかしさを抑えられた。転倒した時にバックが下に落ちたので、拾うと何とその下から500円玉が見つかった。
さすが、転んでもタダでは起きない自分に感心した。500円玉コレクターの私にとっては最良の結果だった。
 そして、すべての作業が終わり帰途についた。しかし、なんとなくだるい。疲れを感じている。コンビニの駐車場で停めて貰った。いつもなら、コンビニでの買い物にNPO法人常勤理事と一緒に行くのだが、外にでも出たくなかった。朝は早いが、夕方はなるべく早く帰宅させて貰っている。買って来てくれたアイスを半分食べて眠ってしまった。
突然、電話が鳴った。大東本社管理者だ。今日銀行に行ったかというので、行ったと返事すると
 「銀行のSさんが電話下さいとのことです。」
 そう言われたので、何だと思って電話した。なんと、
 「今日お出でになった方ですか。」
 「はい。」
 「ATMで振り込みなどの請求書やその他の書類をボールペンが入ったクリアファイルを忘れませんでしたか?」
 一瞬、また遣ったかと思い愕然となって仕舞った。
忘れたようだ。狭いATMの装置のところに置いた重要ファイルを忘れてしまったのだ。先日の通帳はそのケースと同じだ。車中で、認知症傾向を見せ始めた自分をどうしたらいいのかをNPO法人常勤理事に相談した。
 その銀行の電話が終わると、間髪を入れずに役所から電話だ。処遇改善交付金などの実績報告書の内容に疑念が有るというのだ。
 「数字は確かに有っているのですが、文章として書かれた処遇改善の内容と数字の整合性が認められない。」
 そんな言い方で始まった。
 突き詰めて行き説明を聞いたので、
 「それではどういう風に書いたらいいのか教えて欲しい。」
 「そうなんですよね。微妙な言い回しで、どう書いたら認められるとかというとはっきり言えないのです。」
 「それじゃ、こちらはどうしたらいいんですか。」
 「・・・・・・」
 「ここ数年出した内容と同じですよ。表現も具体的な年数などが違っているだけで。」
 「昨年は良かったから今年もいいとは限らないのです。見る人によって判断が異なるのです。」
 「それはおかしいじゃないですか。判断するのはそちらですよ。同じものを出して駄目だとか良いとか判断するのはおたくの内部の問題で、私には関係ない事です。どう直せばいいのか聞いているんです。」
 「たとえば、昨年の処遇改善の昇給が1万円以上であるのだったら、単純に一人年間12万円です。しかし、そうはなっていない。過去4年間のトータルの処遇改善金額で最低月4万円になっている。」
 「処遇改善した金額は当然毎年増やせたが今年度はその積み上げた金額になる。毎年同じ金額で増やさないならおたくの言う通りになるが当社は毎年増やしている。それがおかしいなら、どう直せばいいのか言って欲しい。その通り直すので結構ですよ。」

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