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トップハート物語(4864)立志伝敢闘編
19/01/11
2012年(平成24年)8月中旬。
今日の朝は、自宅で迎えました。昨日の出発時に雷と激しい雨が襲って来ました。あとから知りましたが、死亡を含む10人の方が落雷によって被害を受けたという事です。

今日の朝は、大宮の自宅で迎えました。
午後2時にマンションを出て、新幹線に乗ろうと駅に向かう。暫くして、ポツポツと雨が降って来た。明らかに雷雲と分かる雲が湧いて来た。段々とその方向に向かっているのだ。雷がピカッと光る。大粒の雨がフロントガラスに叩きつけ、やがてワイパーをフルに操作してやっと前が見える、そんな中を駅に向かう。いつも、NPO法人常勤理事に送って貰う。
駅に着いても、降りられない。滝のような雨が叩きつけている。ほんの1m先の屋根のある位置まで、車のドアから行けないのだ。ドアを開けただけで大雨が舞い込んで来る。場所を移動して2階のデッキから1階の大傘下に移動した。みんな考える事はおなじだ。
観光バスやタクシー、一般車輌が入り乱れてプラットフォームに横づけすることさえ出来ない。暫く待つことにしたが、あちこちで激しいクラクションががなりたてる。耐えられなくなり、駐車している車輌と車輌の間に身を投じて走り出し、と言ってもほんの2m程。勿論、滝の中に駆け込んだ結果と同じにビショビショ。
切符を購入して車輌に入り何時の間にか眠って仕舞った。

『雨あまり降りませんね。雷はありますが・・・・・いつまでこの暑さ・・続くんでしょうか? 』

『偽善者
詐欺師
泥棒
低脳
年金泥棒 』

朝に介護管理者が来た。先日、退職したいとメールを送って来た。用件はその話だろうが私からは何も言わない。これで彼女からの申し出は4度目だ。その度に同じ問答を繰り返す。
「代わりに管理者になる者は居るのか。誰かをそだてたのか。」
「誰も出来る者は居ません。」
「どうして他の者に仕事をさせないんだ。可笑しいだろう。サービス提供責任者が10人近くいて、ほとんどの者が何もサービス提供責任者の仕事が出来ないしやったことがないなんて。自分が全部抱え込んで他の者に仕事を教えなかったら、突然やってくれと言っても無理だろう。」
「確かに自分もみんなやってしまって悪いんですが。」
「本社なんか去年管理者が代わって、もう管理者が居なくても他の二人が代わりにやってくれるから、自分が居なくても大丈夫。自分は営業をしている。」
そう言って、本当に100万単位の売り上げを伸ばしている」
「彼の事務所とは売上高が違うから。」
「何を言っているんだ。同じだぞ。売上は、同じだ。」
そう言ってもピンとこないようだ。
いつまでも、何もせずに胡座をかいてついに努力していた本社事業所に追いつかれたのだ。
そんな問答を繰り返して、後継者を作ってから出直す様に言って戻した。
新幹線の中で記している。

 昨日、戻って来た時も雷雨に見舞われました。
 自宅では、妻の自家製のスイカを食べました。小さいスイカでしたが、甘くておいしかったです。さすが、農家の出だけあって野菜は食卓に出たほとんどが自家製でした。農家の奥さんを貰うと普段味わえない喜びが有ります。

 いつもと同じ時間に出たつもりだったが、早く到着した。11時半まで家で過ごした。朝食は、野菜を中心とした天麩羅で食事を摂った。昼飯を食べてから出ようと思ったが、
 「お昼は食べて行くの?」
 「軽く食べようかな。」
 「朝食べて直ぐに昼になるから、それでも食べて行くの。」
 朝は7時頃に食べたのだが、とにかく家事をするのが苦手な妻は面倒だから外で食べてくれという事だった。
昨夜も、東京駅に着く前に
 「長男の誕生日が16日だったので、誕生祝いを兼ねて外食したい。」
 「NHKの思い出のメロディーを見たいので7時半までに戻れるならいいよ。」
 「録画をするから大丈夫、浦和の「満寿屋」の鰻が食べたい。」
 「それだったら、予約しないと駄目だ。」
 そういうやり取りが2時過ぎに乗車した新幹線の中と自宅との遣り取りだった。
 暫くすると
 「6時40分に予約が取れたから。」
 そういうメールが来た。
 東京駅に5時半ころに着いて、京浜東北線に乗り換えしたがいつもの上野で宇都宮線に乗り換えなかった。そのまま座れたので40分掛けて浦和に向かった。
降りた浦和駅は全く以前とは異なった駅になっていた。ダサい、汚い小さい県都とは思えない駅の佇まいだったのだが、近代的な駅に変わりつつあった。もっと変わるという。驚きながら駅を出て「満寿屋」に向かった。
丁度半に着いたがまだ妻も長男も来ていなかった。暫くして時間通りに来た。店内の座敷は人が並んで待っていたがが、予約をしていたのですんなり個室に通された。
 ここの名物の「坂東太郎」という名称のウナギはもう販売して居ないと聞いていたが、そう明記してあった。上うな重は3700円だったが、それぞれそれにした。うまき、白焼き、冷トマト、もろきゅうなど加えて2万円弱だった。
近況を話し合ったり、一昨日まで6人来て泊って行った親戚の様子など、そして私の今後の展開を少し話した。何故成年後見をするのか、何故地元に戻って来ないのか、など簡単に答えられない話は軽く流した。
 夜10時近くに自宅に戻って来た。シャワーを浴びて録画してあった思い出のメロディーを見た。久々に舟木一夫が出演していた。デビュー50周年だという。声は出ないが若い。私の青春そのものと言っていい。彼の主演した映画はほとんど見た。
歌も大体覚えているし、聞けば涙がにじむほど胸が痛むほどの思い出が蘇って来る。まだ、これしか時間が過ぎて居ないのかと思うほど身近な記憶なのだ。それにもまして、仙台市立五橋中学校時代の同級生がこの舟木一夫の妻なのだ。
 翌日になる辺りの時間に床に着いた。朝、食事をしながら親戚が来た時の様子を話していた。妻の姉の二人の娘のそれぞれの家族が来たのだ。旦那が一緒に来たので、気を使うので嫌だったという。
 「姪だけだったら適当にするのに、他人が着いてくると酒のあても考えないと行けないし、まともな料理をしないと行けない。」
 何もしないで、勝手な言動が多すぎると若い奴らの礼儀知らずを嘆いていた。
 「まるで民宿のように思っている。『定例になりそうです』と旦那が言うから、うちだって出掛ける時もあるのでと言ってやった。」
 気の強い妻ならでは。
 来月、仙台の母親のところに行くと言っていた。私も行こうと思っていた。かなり高齢者を狙った犯罪が横行しているし、先日実家に戻った時に営業マンや電話営業がかなりあると言っていた。それを、少しでも撃退するために自宅で使用している電話で相手先を告げるものを設置しようと思っていたのだ。
あらかじめ掛って来る知人友人の電話番号を登録していて、その相手を電話が掛ってきた段階で名前を音声で告げるのだ。それ以外は出なくていい。あとは、インターホンで相手が見えるものを設置したいと思っている。
 早く到着した東京駅で、お土産を物色して購入。新幹線の中で食事をするために、福井県の「焼き鯖すし」を購入した。直ぐに眠ってしまった。いつもより1時間程度早く到着した。また、雷雨が襲って来たが何とか問題無く着いた。
普段着に着替えて帰省したのだが、その時にズボンが厳しく、改めてまた気を許して太り出したなと感じた。確かに、ご飯の量は増えて我慢していたスイーツも少しずつ手を出し始めていた。体は嘘をつかない。

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