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トップハート物語(4821)立志伝敢闘編
18/12/10
2012年(平成24年)7月中旬。
1時間程度で行くのかと思ったら、お祭りに引っかかったのか京都市内のかなり手前でノロノロ運転。ついに、我慢できずに高速に入る。全く車が居ないのだ。あっという間に到着して駅前のビル地下に駐車。
昼飯は駅ビル伊勢丹最上階の天麩羅「天一」に入った。他の女性二人は、
「カウンターで揚げたてを食べるのは初めて。」
と言って喜んでいた。
場所を確認して一旦喫茶店に入る。時間を見計らって会場に。
 今日のテーマは、一般社団法人の設立に向けての手続きだった。内容を問われたが、私はどういう内容でも形でも早く手続きをして進行して欲しいと思っている。それにしても、京都の代表の事務所内は市民後見人の業務だけだが活況に満ちている。
早くそのようになりたいと思っているのだが、なかなかうまく行かない。何しろ、初めての事ばかりでどう進めて行くのかが分からないのだ。4月に京都の代表から初めての後見人の仕事を紹介して貰って、一緒にアセスメントをした。
それが進めば、私も何とかキャリアなると期待していた。
 ところが、いまだにその後の動きが無いので我慢していたが、京都訪問を前にメールでどうなっているのか聞いた。何も返事がなかったが、今日の終了間際に
 「相手先の施設から電話があって早くしてくれと怒られてしまった。」
 そんな事を言って説明に変えたのだ。
 また、同じ理事の愛知のメンバーとソフトを一緒に入れるとかパンフレットを一緒に作成するとか言っていたのでその言葉を信用して待っていた。ところが、自分たちで勝手に進めていて私はそれが分からなかった。
 「それだったらそれで、私が勝手に進めますよ。」
 そういうと、ああだこうだという。
 一緒にすれば安くなるとまだ言っていた。以前もそう言っていたのに、勝手にコンタクトをとって何を言っているのかという気持ちになるが、相手にしても仕方がない。こんな了見の狭い連中と一緒にしていかないと行けない。
一番嫌だったのは、隣県のFP協会の会長だ。私たち個人の行動や言葉に嫌にしつこくからんでくる。関係がないのに、おかしいと思うので謝罪して来た内容に錯誤があるので訂正したが、それに対してもああだこうだと言って来て素直に謝罪の気持ちを持っていない。
そんな奴の顔を見るのも嫌だったのだが、来ていた。顔を見るのも声を聞くのも嫌だ。不快になると本当に嫌悪感を持つのが私の性格だ。
 早く大勢の参加者を得て彼女の存在を薄めて欲しい。大した議論も無く2時間で終了した。そのあと、代表と相談があったのだがその隣に帰らないそのばあさんがいた。何故帰らず私たちの言葉を聞いているのか。
その後、部屋を出る時も付いてくるのでトイレに入って暫くしてから出た。社員が
 「もう帰りましたよ。」
 と、告げてくれたのでホッとした。
 70歳を超えて県のFPの会長だとは立派だと思って同じ東京大学の市民後見人養成講座を学び東京大学から実習を依頼されたので受け入れて会ってみてびっくり。とにかく、話を止めない。場を壊す。代表からも何とかならないかと愚痴を聞いた。
少し私が彼女を紹介した人がいたが、
「あれは何だ。」
と忌避されている。
私のメンツに関わる。
 これから、少し時間が出来るのでNPO法人活動に動き出そうとしている。それがこれからの生きる道だと思っている。
 終わってから再び伊勢丹の地下でお茶を飲んで時間を過ごし、いつも行く京都の「寿司清」に入った。カウンターは満席だったのでテーブル席に座った。彼女たち二人は声をあげてその美味しさに浸っていた。 
 そう言えば、ここに来る前に大阪市の新規事業所の管理者に
 「あの彼女がどうも落ち込んでいるようなので心配なんです。先日の失恋から立ち直っていないようなので。彼女の場合結婚願望が強いしその為に一生懸命に努力して来たのですが、どうもうまく行かずに。みんなの中に入って話すと、どうしても子供の事などに話が集中するから寂しいと言っていました。それに、仕事が終わって一人で、部屋で過ごすのも堪えられないと。介護より結婚と家庭を築くのが彼女の今一番の生きがいなので、心配です。」
 そんな話を聞き、精神の重圧に耐えられない事はないとは思うが。
 NPO法人常勤理事といい彼女といい何か切っ掛けがないか考えてしまう。 


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