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トップハート物語(4813)立志伝敢闘編
18/12/06
2012年(平成24年)7月中旬。
朝一で事務所に来たいという大阪市の新規事業所管理者が来た。入るなり、ニコニコしている。何かいい事があったのか。その報告を期待した。何か意味深な笑いを浮かべているが、何も言わない私に
 「この笑顔分かりますか?」
 と、言って続けた。
 「昨夜の障害者の男性のトラブルの件なのですが、指示を受けた通りに研修センターの責任者の了解を取り付けて男性1名確保しました。そのほか、声を掛けて貰っていた役所の方の男性も日時を決められないが、空いている時に入れるという事で同行して勉強して貰う事にしました。その報告を昨日夕方5時までに寄越せと言われているので、連絡しました。そうしたら、『男はもう要らない。色々とトラブルになるのは勘弁して欲しいから』と、言うのです。せっかく言われるままに探したのに、これから私が行かないと行けないのかと思いましたが、誰も行く者がいませんと言ったら、『お前が来たらいい』と言うのです。社内で検討させて下さい、と返事して一旦切りました。どうしたらいいですか。」
 「何を考える必要があるか。入浴介助や尿器を使った排尿援助、男性でも腰を痛めたお姫様抱っこしての移乗など女性に出来る訳がないし、そもそも障害者は同性介護が基本で排せつや入浴が出来る訳がないだろう。その利用者は障害者の権利闘争で有名な人物だしよく分かっている筈だ。認められない。断りなさい。」
 「どうして分かっているのに、そんな事を言ったのでしょうか。」
 「昨夜、脅しながら暴力的な言葉を吐いて君に介護をさせて何とかなるかもしれないと思っているんじゃないか。君に魅力があったのだろう。」
 「そんなことはないと思いますが、どうしたらいいでしょうか。」
 「取り敢えず、紹介先の自立支援センターの相談員に経過事実を話して、当社としての対応は男性だったら可能ですが女性などもっての外。深夜に亘っての対応ですから、無理だとはっきり言って下さい。」
 「直ぐに行って相談して来ます。」
 「利用者には内緒で相談に来ましたと言って置かないと、組織を抱えている人だからややこしくなるので配慮してくれるように言って下さい。」
 そう言って、送り出した。
 支援相談員の研修をこれから受けて近いうちに当社でも障害者の支援センターを立ち上げる予定だ。
 午後から、働きながら学ぶ介護プログラムの大阪市の担当者からメールが来た。
『ハローワークや仕事の紹介を運営をしている先の求人票に追加の文言を入れて貰うように』
という事だった。
東日本の被災者が優先という文言だ。NPO法人と株式会社と両方の管轄のハローワークが異なるので午後はそれに掛りっきりで仕事が出来なかった。それでも、どうしても毎日出掛けているので何かないと寂しくなるのでよかったかも知れない。
 その対象者として、当社の居宅支援事業所のケアマネジャーの知人を入社させた。その半月後、
「就職祝い金を貰える。」
と言い出した。
それはハローワークでの一定の手続きをとってからの話で、何もしていないまま当社に来た。前の会社を辞めた時にも何の手続きもハローワークに取っていないので、さかのぼって手続きを取らせた。
いざ失業登録などの手続きをさせようとしたら、既に当社に入社している事がハローワークで把握していた。
「窓口で言われた。」
とい言う。
何度考えても不思議で、どうして分かったのだろうと考えていた。
 届け出もしていないし、一旦市に届けたのを取り下げているし。そのうちに、彼女の雇用保険の被保険者票が届いた。そうなのだ、入社して直ぐに雇用保険の手続きを取ったのだ。万事休すだ。
市には取り下げ報告をしているし、ハローワークの求人の方には報告が行っていないので紹介状が来ているし。どうやって報告書を作成したらいいのか分からない。市には7月に採用として報告しても裏付けとして提出する書類は6月16日からの雇用保険票がある。もう分からない。
 居宅介護支援専門員が来た。彼女は籠の鳥でこの土地から出た事がないし、当社の社員研修旅行のメンバーにいつも入っているのだが夫が家を空けることを許さない。しかし、やっと私の東京大学での市民後見人養成講座の履修証明書授与式に立会人として出席が出来るようになった。
その嬉しさに期待も膨らむ。着て行く服が決まらないので私が他の出席する5人のメンバーとともに購入してあげた。彼女は何度も色々な服を着せたがどの服も似合うのだ。みんなは1泊だが、彼女は2泊にして東京の時間を存分に楽しませてあげることにした。

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