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トップハート物語(4798)立志伝敢闘編
18/11/28
2012年(平成24年)6月下旬。
 朝早くからメールが来た。また、あの認知症の妻を持つ夫からかと着信名を見る。あのポリテク埼玉の同級生からだった。いよいよ7月15日、東京大学市民養成講座の修了式があり履修証明書授与式がある。
東京大学安田講堂で行われるが、その式に参列した後恩師も市民後見養成講座の同級生だったので話合ってクラス会を開催することとした。その幹事を彼女にお願いしたのだ。その大変さはよく分かる。そのような事に熟知しているとはいえ、20数人への連絡先確認から始まって出欠までとるのは大変な作業だ。
 数年前に一度クラス会を行った。その時は学校のあった浦和で行ったのだが、今回は二転三転して池袋ルミネにある玉寿司に決定した。履修証明書授与式が12時頃に終わる。それから車で池袋の行くのだが1時半からだ。
彼女の話だと、介護では食べられないと転職した者もいる。警察官になって滋賀県に在住の者もいるのだ。その者も参加するという。マッサージの資格を得て事業を始めて幾つかの支店を持って展開している者。親の遺産で高齢者マンションを経営している者。しかし、多くの人はまだ介護に携わっている。
 20数人の卒業生だったが、参加者は半数に上るという。それに加えて、当社の立ち合いが社員6名。これで打ち切った。これ以上増えると会社運営に影響がある。概ね5年以上で立ち会って欲しい社員が参加するので安心した。
そのほか、先日も社員研修旅行から戻って来たが参加できない勤続年数の高い者が居る。最初から参加メンバーになっていたが、出発日ギリギリになると旦那が駄目だと言い出す。その為のトラブルが絶えない。今回も彼女に打診したが無理だった。
 その救済策として、今回の履修証明書授与式に立ち合いを依頼した。今回は認められたと喜んでいた。彼女の場合、酒を毎晩夫婦で飲んでいるという。彼女は少しでも酒が入ると人が変わってしまう。つまり、女性になり男性に甘える行為をしてしまう。
だから、男性は勘違いしてしまう。先日も、講師を招いてお礼の宴を行ったがその席でも同じ状態だった。何を勘違いしたか、その男性講師は何度も彼女に電話を掛けて来て誘いを行っていたという。その点については、彼女の記憶が全くないのが不思議で旦那からすれば問題だ。
 そういった事で上京するのだが、仕事が忙しくて他のメンバーは夕方発って夜に東京に着き翌日朝から履修証明書授与式に参加して、午後からクラス会に同席してそのまま帰る。
それが、彼女の場合かなりの期待をして参加するのだが、結局何の楽しみもない。それで、考えた。彼女は介護支援専門員だ。連休は休みなので朝早くから出発して15日だけでなく16日も祝日なので特別2泊を許可した。
はたして旦那はどうなるか分らない。ドームホテルを4部屋予約した。14日は私だけいつもの東京大学正門前のフォーレスト本郷に宿泊だ。二日間彼女を案内することにした。
 当社の事務所を年間契約いていた1室を返すことになった。私が居るマンションの4階の一室だ。システム事業部と華やかに出発したが、とん挫した。その部門を、形を変えて大阪市の団地内に移転した。その返還に立ち会った。部屋に入った事が一度しかなく、あとはどんな状態か知らなかった。返還する前に入ってみた。畳に穴があいている。なんでこんな事になっているのか不思議だった。あとは、少しの物品を運ぶだけで済んだ。
 管理人の立ち合いがあり、手続きが終わった段階で相談があった。
 「個人的な相談ですが。」
 そう言って切り出した内容は、声も出なかった。
 その方の息子さんが38歳だが、突然病で寝たきりになりイロウとタンの吸引を行っているという。現在入院中でそろそろ退院することになり、
 「在宅を希望しているがどんな手続きでどんな事をしていいのか全く分からない。どんなサービスを受けられるのかも知らず、病院のソーシャルワーカーから地元の自立支援センターを紹介されて市役所の担当者と話合ったところまで行っている。」
 それから、何がどうなのかどうしていいのか全く分からないので、当社がその手続きから相談を受けることになった。その後の話だが、
 「夫が36歳で亡くなって、息子が38歳でこのようになってしまって。子供がまだ小学校4年生です。妻とは離婚してしまって。」
 こんな人生はあるのだろうか。
 不幸という言葉の何物でもない。そのうえ、残酷な運命に翻弄されている。私の人生など不幸を売り物にした場面もあったり、これで終わりだと諦めた人生の時期もあった。しかし、その比ではない。
 夜までNPO法人研修会に参加していたが、ずっとその事が頭から離れなかった。

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