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トップハート物語(4766)立志伝敢闘編
18/11/12
2012年(平成24年)6月上旬。
 朝、宿泊先のアパホテル高崎駅前で目覚めた。早く目覚めたが、疲れが全身に蓄積していてしゃきっとしない。いつもなら、この高崎にもあるメトロポリタンホテルにでも宿泊するのだが、何故か泊まってみたかったアパホテル。
朝食はまあまあ。田舎の人間は遠くの畑や田んぼで話しをするのか、声が大きく煩い集団が居て落ち着かなかった。また、お年寄り70代近くの女性が結構目立っていて、お年寄りでも女性の動きが活発だ。
煩い男性の集団は60から70代位の結構な紳士なのに、
 「この前、常磐自動車道路で100キロオーバーで掴まって仕舞って罰金を8万円取られた。痛いわ。」
 そんな自慢話をしていたが、まだそんなものが自慢になる時代か。
 9時過ぎにチェックアウトした。料金的には安かったが、部屋が狭くて圧迫感があり落ち着かない。
 コインロッカーに荷物を預けて恩師の居る群馬高齢・障害求職者支援機構に向かった。ローカル線で、銀河鉄道999の装飾が車体に施されていた。9時過ぎだったが、人通りが余り無くて地方の大都市でも既に人口の減少が始まっているのが感じられた。
 ローカル線は本数が少なく、1時間に1、2本だ。目的の駅に約束の1時間前に着いた。30分ほど電話などの遣り取りをして徒歩で向かった。10分程度で着いたので、建物の中にある就職情報なでの張り紙やデータを見た。
高齢者住宅の展開をするという計画に関わっているが、基本給は18万円が未経験者の賃金であり推進する事業者の募集金額とは数万円の隔たりがある。これでは集まらないし、これから人件費が上昇して行く事を考えると展開に無理があると思った。
 受付を通して先生にコンタクトを取って迎えに来て貰った。講師室に通されて、課長や次長の紹介を受けた。暫く話をして、食事を兼ねて外に出た。バイパス沿いの食事どこに入って、昼食を取りながら色々話しをした。
私が卒業した埼玉のポリテクの話しが中心になり、現在の人材育成事業の傾向の話しをした。
 やはり、私どもが直面しているのと同じように受講生の意識が変わって来ていて、本当に働いて社会に貢献するなど夢のまた夢。時間を潰す目的や手当目的の受講生が多く、ある一定の時期になると受講生の態度や意識に変化が現れる。
そんな事を先生に話しをした。多かれ少なかれ、先生の処もそのような以前と異なる意識の変化が現れて苦労されているという事だった。
 問題の研修を行う施設の設置だが、私と先生でもこの点についても一致した。
 「ステップアップする為に恒常的な教育機関を設置するなら応援するが、一時的な人手不足を補うために創るのではダメだ。」
 そんな趣旨の事だった。
 キャリアアップを目指さないとこれからは何もして行けない。キャリアアップされた介護人材にそれだけの加算がなされるという事になるなら、当然それを目指さないと行けない。
 この地域に来る前に、依頼を受けていて全国展開する高齢者住宅の位置を確認した。新幹線の中で、である。北関東を見ていると、何れも過疎地でありそこに達するにも新幹線の駅から何時間も掛かる。
これでは、高齢者は多くても働く人が居ないのではないのだろうか。意欲を段々と失って来た。
 3時頃まで話しをして、高崎駅まで先生の車で送って貰った。別れ際、先生からお土産を貰った。先生は山形県出身で隣の宮城県出身者の私とは気が合う。先生も、東京大学の市民後見人養成講座を受講しており、その後の対応を聞くと、
 「やはり公務員だからそう簡単に他の業務も出来る訳がない。暫くは大人しく。」
 そう言っていた。
 「これからは、障害者の就労支援をすることで地域社会に貢献しなさい。」
 と、示唆された。
 少しは勉強をしないと行けないが、成年後見も運用するとなるとあれもこれもが難しい。
 「先生、私には時間がありません。同級生は当時20代ですから12年経ってもまだ30代。私だけもう還暦を迎えました。」
 「そうだよね。佐藤さんが入学した年齢に私も近付いて来た。」
 そう言って、先生は笑った。
 高崎から東京経由で、やっと戻って来た時には既に辺りは暗くなっていた。

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