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トップハート物語(4761)立志伝敢闘編
18/11/10
2012年(平成24年)5月下旬。
 「今日までは事務という事で事務所の中で仕事をして貰っていましたが、パソコンが出来ない、バイクも免許があると言って居ながら拒否。これから、新事務所にて仕事をして貰いますが何にも出来なければ、遣る事は限られて来ます。この研修センターで学んだものを活かして、新事業所で行われる研修の担当者として運営を担って貰います。朝の出欠確認から始まって、連絡事項の伝達、質問等の受付、講師との連絡など今までのように人を無視したり話しをしないでは済まない事です。また、各地域の包括支援センターや自立支援センター等をはじめとする事務所に行って当社との連絡役とか、それでも、時間があればあとはチラシのポストインなど動く事が必要です。バイクに乗らないと言うなら、自転車で回って貰います。」
 そんな話をした。
 それでも、ジッとしている。精神的な病に有る事はある程度分かる。しかし、安易な気持ちで来て貰っては事業所が迷惑だ。時間つぶしの為に仕事を考えて、その為にパソコンを1台と机を与える。電話には出ない、人が来ても無視、バイクは免許を持っているが拒否、パソコンはCADが出来ると言いながらそんな事は言っていない、なら何をさせていいのか。
最初から障害があるという事での採用ならまだ分かるが、就職支援会社の押しつけのように利用されてしまった。
 私の全ての話しに対して返事はない。私も忙しい。
 「何も急いで返事は要りません。休んで考えて下さい。6月1日に拘らなくてもいいです。」
 そう言って、終わった。
 銀行に立ち寄り、事務所に戻った。少しだけ仕事をして、部屋に戻り早く昼食を摂って海岸沿いにある大阪府庁別館に出発した。NPO法人の後見事業を盛り込んだ定款の認定が下りたのだ。
2月半ばに申請して2か月の縦覧の後補正、そして審査。約4カ月掛かったがついに認定が下りて、認定書を受ける為に向かった。1時間以上掛かって、40階以上もあるビルの一角にある市民局に入り認定書を頂いた。
その時の嬉しさは、何かの試験に合格したような気分だった。
 この時に質問をさせて貰った。
 「これから全国に後見事業を展開して行こうと思っていますが、これまで広域の場合は内閣府の認証が必要でしたが、4月に改正になって都道府県に移管されたのでこれからどのような形で認証を受けたらいいのでしょうか。」
 「活動を全国でする分には何の手続きも要りません。ただ、事務所を設置する際にはどのような形にするかによって異なります。主たる事務所がこの地域で他は従たる事務所だと明記する定款だと定款変更の届け出だけで済みます。しかし、主たる事務所を変更して他の都道府県に設置するとなると新たに認証をその都道府県で受けないと行けません。」
 「分かりました、ありがとうございます。」 
 これで、定款変更だけで全国展開が出来るようになった。
 ワクワクする事業意欲。
 戻る時には何時に無く、多弁となった。
 朝、ヘルパーさんがある利用者宅で、同居人が認知症の利用者を叩いているのを目撃した。その後、如何に自分が関係ない叔母の面倒を見ているのか、ヘルパーさんに愚痴っていて精神的に不安定だと報告をして来た。
それに対して、その虐待としている同居人の妹に連絡した。その妹は、以前当社の重要なヘルパーさんとして活躍していた。注意をしたいがと言って私の別居の案を提示した。夕方、その役所からの帰り道妹さんから連絡が来た。
 実に、声にならない心境になる言葉を聞いた。認知症の利用者の同居人は、利用者の兄弟の子に当たる。金銭の無いおばさんを一生懸命にみていると感心していた。ところが、おばさんはお金持ちで蓄えがあり高級有料老人ホームに入る為のお金を持っていた。それを、どういう経緯かその同居人が使い込んでしまった。挙句に、自分の商売に多額の金を借り入れてその保証人に自分の娘の名前を勝手に書いて印鑑を押した。
 結局、自分は自己破産。その弁護士費用を、私の立ち上げの頃の昼夜を問わず働いてくれた彼女が負担したという。
 そんな話を聞き、それまで身内とはいえ同居して認知症の利用者のケアをしていたと思い感心していたのに、事実は全く違い行く処の無くなった利用者を面倒見るのが当たり前との親戚縁者の強い強制に渋々納得したということか。

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