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トップハート物語(4754)立志伝敢闘編
18/11/06
2012年(平成24年)5月下旬。
 地域包括ケアの後は、ケアマネジャーのあり方を問われている内容の話しだ。医療の知識やケアプランに導入する必要性が求められているので、東京都では公費でケアマネジャーの医療知識の無い方に対して50時間程度の講習を行って、その名簿を各種医療団体に送っている。
 「地域包括ケアの大きな目的は、介護状態にしない、介護状態になってもリハビリなどである程度改善させるようなケアプランを求めている。その為に、次の介護報酬改正については訪問リハビリの活用と介護職との連携を重要視している。その連携も知識がなければ何もできない。ただ見ているだけだ。ヘルパーさんがリハビリの一部でも受ける事が出来ればそれはベターなのだ。医療の一部を担うようにリハビリも出来るようになるかも知れない。」 
 そんな話をする。
 説明をし、私も勉強をしながら気付く。地域包括ケアは住宅が基本なのだ。住む処が確保されて、初めて運用される。私が今わだかまりを持って意地を張っているあの乞食経営者との関係をどうするか、少し考えだした。
 仲を取り持っている大手自動車メーカーのファクタリングの担当者から、乞食経営者との遣り取りのメールを送ってくれと言われた。4月末に日航ホテルにて、彼を仲介役としてお互いに2名ずつ計5人が集合して話しあった中に、相手が求める人材教育と供給、私が求める成年後見制度の推進に対する協力体制が互恵事項として纏まった。
 それなのに、相手は自分の娘が法学博士という事で自分達が、
「一般社団で成年後見制度の組織化を計る検討をしているので助言が欲しい。」
と言って来た。
それも、あの会議から20日程度経ってからだ。私の方はというとその間、介護人材確保の為に動きに動いていた。彼の推進する安価な高齢者住宅に呼応した形だ。私自身、安価な価格戦争は従業者の生活維持を脅かすもので、後々労働問題に発展することになるので受け入れ難い施策だった。
しかし、私としては何としてでも全国展開したい成年後見人の制度運営なので、関わりを少なくして協力し実を取ろうと思っていた。
 つまり、これから全国に点在するその高齢者住宅の併設しているデイサービスの土日の空きスペースを借り入れて、後見人養成を行いまた生き生きサロンのような地域の方達が集まって来るスペース運営をすることなど、スペースが欲しい私が色々算段をして受け入れたのだ。
その受け入れ内容も曖昧だったのだが、取り敢えず全国各地にヘルパーの教育機関を構築することになったのだ。ところが、前述のように自分達が、私が一番主眼としている成年後見制度運営組織を作るなど言語道断。別に契約を交わしている訳も出ないし、全て無しにしてどうぞご自由にと断りを入れた。
 しかし、その私の怒りに対して誤解だと謝罪をして来た。勿論、説明をされればそうかと納得する部分もあったのだが、私のこの性格だ。一旦口に出した事は引っ込められない。そこで、決別の文書を送信した。
しかし、ソフトに遠まわしに書いた積りが、私がその謝罪を受け入れて元に戻ったと解釈したようで、困った私は間を取り持った彼に相談しメールを送ってくれと言われて送った。
 その間、数日かかっていて結論は出ていない。そして、私が地域包括ケアについて学ぶに連れて住宅という観点から必要性を少しは感じて来た。労働者の観点からではなく国の施策の中でどう動くかを考えると住宅がどうしても必要となって来る。
あながち全否定では自分の生きる道も閉ざされる。
 そんな思いに立ち至っていた。だから、仲介をしている彼の優柔不断なのかどうやったらいいのか苦衷の中で結論を先送りしているのが、幸いして居るのかも知れない。
 そんな事も思いながら、彼女らに地域包括ケアの説明をしていた。当社のネックは住宅政策を持たない事だ。これから介護一本で生き抜くには厳しい環境が待っている。制度は疲労を絶対起こす。
地域包括ケアの住宅政策は介護付きだ。現在の特別養護老人ホーム形式ではなく、必要に応じたケアを提供出来るようなケア付き住宅なのだ。要介護者だけが入れる住宅では無いのだ。要介護の有無に関わらず、入居出来る住宅政策をどう展開して行ったらいいのか。
 色んな思いが生まれて来る。しかし、まだ実現の見通しはたたない。
 朝一番で、長期静養をしていた若い男性が出てきた。
「これから、医師の診断を受けてどこまで業務に堪えられるか受診するように。」
と、言った。
どこまでやれるか分からないが、取り敢えず残留させることにした。
 求職者支援事業の新たな場所での募集は定員の24名に対して37名の応募があった。

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