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トップハート物語(4744)立志伝敢闘編
18/11/01
2012年(平成24年)5月中旬。
その医療法人の理事長は、血色がよく72歳とは思えない若々しさだ。その方が、話しの終盤になるとこれまでの横柄な態度から一変して心に残る話しをした。
 「生意気なようだが、先輩として二つだけ話しをさせて貰う。人間は目標を持って生きて行かないと駄目に成る。直ぐ駄目に成る。常に目標を持つ事だ。生物は何時か命が絶えるのは宿命だ。人間も同じだ。人は自分だけが永久に生きて行けると思う。他人はいつか死んでいくものだと思っている。しかし、自分も何れは死んで行く。仕事や目標を持っていない者はその仕事や目標を失った時点で終わりだ。それでも、60歳程度なら若い者に負けないと気力も体力も残っている。しかし、どんな元気な人でも70歳近くで終わって仕舞う。あとは余力だ。ピークが67、8歳。後は惰性だ。緩やかな下降線を辿って行く。それは仕方の無い事だ。だから、何事もそこまでで終えるような人生プランを立てて行かないと行けない。私の場合も、これが最後だ。」
 そんな事を、何度も言った。
 「あんたも苦労して生きて来たと思う。私も苦労して来た。」
 どうして、私が苦労したことを知っているのだろうか。
 そう不思議に思っていた。誰かに聞いたのだろうか。最後にも、
 「独立して10年でそこまで創り上げたのは大したもんだ」
 と、あの不快なイメージから想像も出来ない言葉が出て来たのだ。続けてもう一つの話しをした。
 「もう一つだが、別に言わなくてもいいのだが、欲を持つなという事だ。欲は誰でも持つ。しかし、身の程を知った欲を持てという事だ。それ以上の欲を持つととんでもない事になったり、とんでもないことを仕出かす。」
 と、言う事は自分の力を知れということか。
 あれほど、会うのが嫌で来る時にも車中でNPO法人常勤理事の智子さんに
 「本当に行きたくない。気が重い。これほどまで気が進まない面談は無い。」
 そう言って、やる気の無い自分を曝け出していた。
 それが、別れ際になって次々に繰り出す医療に携わっているものとしての見識を披歴されて、私を感動させた。そうだ、目標を持つ事が大事なのだ。その目標は身の程を知った欲となって出される筈だ。
今まで、制度が変わるたびに、大変だ、大変だと大騒ぎしていたのは自分なのだ。その克服の為の方策を何も示めさないでいた。それぞれの、目標を持つ事によってそれを克服できるのだ。
 NPO法人常勤理事の智子さんが自宅で実ったサクランボを持って来た。大変な量で、その収穫したものをそれぞれの事業所に配った。土曜日とあって休暇中の部署があり、管理者が中心となって動いているのが分かった。
 ユニフォームをお願いしている先輩から連絡があった。注文品は220点程度で、区分けをしに仙台からわざわざ来るという。火曜日に仙台を夜行バスで発って、水曜日の朝に着く。そのまま、研修センターに行って区分けしてみんなに取りに来て貰う。
夜は、宿泊先のホテルで歓迎会をしたいのだが、金曜日にも勉強会を予定として入れてしまったので連続の夜会では家族の文句が来るので、研修旅行チームだけ一緒に食事でもしようと思っている。合計7名。
 金曜日にNPO法人広域交流会を開催したが、出席者の中に当社の同行訪問があった。その時に、正式に京都市民後見センターから後見の依頼があった。研修中で、入所中のその財産である自宅を見に行った。
その事を、主宰であり紹介者の京都代表に当然話しをしていなかった。それを、何を思ったのか同行したフィナンシャルプランナー支部長の同行者が、
 「あの家、友人の不動産屋に確認したら価値はあるが売れないという返事でした。」
 そう、満座の中で言い放った。
 つまり、個人情報をいかにも自分の手柄話のように話しをしてしまったのだ。連れて行く事はさほど問題は無いが、個人情報を話しして、私の顔を潰してしまっていたのを、平気で話しをするという事はどんなふうに考えているのか、怒りが込み上げて来たが言葉を飲み込んで無視した。
その後、NPO法人常勤理事を通じて、息子の履歴書を渡された。当社へ入社したいという事だ。以前、話しを聞いた時にはシステムに精通していて大学でも残留して生徒の教育に携わるようにと言われたけれど、断った逸材だと言っていた。
 「全国展開する際に、システムを構築できますか。」
 「そのくらいは大丈夫です。」
 そう言っていたのだが、念押しすると、
「履歴書を書かせるので本人に聞いて欲しい。」
というのだ。

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