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トップハート物語(4741)立志伝敢闘編
18/10/31
2012年(平成24年)5月中旬。
 「いいか、結論的に言うと介護保険は将来医療保険に統一される。元々、その予定だった。健康保険から介護保険料が引かれているし。これから、介護福祉士を教育して、その能力のある者を準看護師程度の能力まで引き上げる。看護師程度の評価と報酬を与えるから、という訳だ。ということは、一般の介護福祉士は今の2級ヘルパー程度の業務になる。25年から始まる2級ヘルパー制度が移行する初任者研修は実習が無い。何故か判るか。地域包括ケアの中で、日常生活支援事業があるが、その担い手はまさに実習が無い初任者研修修了者だ。見守り、安否確認、配食などの総合支援事業は地域支援事業の一環だ。その上の実務者研修には、医療が入っている。医療50時間を受けて、初めて介護福祉士受験資格が生まれる。」
 そう言って、結論を言った。
 「つまり、軽度者要支援者、要介護1の方は地域支援事業で面倒見て下さい。身体介護の必要のある方は厳しい条件をクリアした者に高い報酬を負担して、医療も出来る介護福祉士を派遣します。だから、介護職員は少なくなっても大丈夫という訳だ。」
 そんな風に話をして、大体の理解を得た。
 「その為に、俺はみんなのこれからの生活が心配になって来たので、公益的な仕事をして収益を上げられる仕事をして欲しいと思っている。その受け皿がNPO法人の成年後見制度受任だ。今は定款変更をして縦覧が終わり審査に入っているので受任団体になれるのを待っている。それが終わった段階で、全国的な展開をする為に活動をしている。」
 「私もNPOに加入できないですか。今度、新たにケアマネジャーになる彼女も加入したんですね。」
 「彼女も加入したいという希望があったので、みんなに聞いて承認して貰った。」
 「私も今年7月で40歳になるんで、これからまだまだ働きたいし子供をたくさん産んで貢献したんで、加入させてくれませんか。」
 「ありがとうございます。でも、一番最初発足当時説明をあの料亭でして加入を求めた。しかし、みんな仕事が多くなるだけと拒否した。僅かに9名で俺の息子や外部の方の賛同を得て始まった。3年前の発足当時は、こんなNPOが求められる状態では無かったので厳しかったが、4年目の今年度は飛躍的収益を計る事が出来る。そのうえ、必要とされている事業が出来る道筋が付いた。」
 そんな風に話しをして、やんわりと返事を拒否した。
 それでも、手を合わせて頼まれれば仕方がないので、みんなに承認を頂いたあかつきにという条件で受け入れた。
 時計を見ると、既に10時半だ。1時に駅に迎えに行く予定の京都からの会の主宰者。新幹線で来る参加者も居るので、駅の近くを提案したのだが結果的に当NPO法人団地内の状況も見たいとう事で受け入れた。その参加者に対する道順などの場所を連絡が大変だった。
 何とか、30分遅れの遅刻者を迎えて2時半に始まった会議は3時間に及んだ。今後の方針や実施事業の統一など、まだまだ不完全な内容ではあるが何とかまとまり出した。
 昼に、ポリテク埼玉の同級生に連絡した。所沢在住で入間の在宅支援センターにて勤務している介護支援専門員だ。恩師が同じ東京大学市民後見人養成講座を受講しているので、同窓会を開催したいと提案して諒解を得たので、一番中心的な彼女に取りまとめを依頼したのだ。
7月15日に卒業式があり、それを終えた後の同窓会だ。5年ぶりくらいで話しをしたが、相変わらずの多弁の彼女だった。それでも、嬉しいと喜んでくれたので良かった。みんなに話しをして是非開催したいとの事だった。
 夜、あの勉強させてくれと潜り込んで来た中年というか還暦間近な男性に連絡した。仕事が出来ないしないそんな奴だったので、解雇通告だ。最初から仕事が出来無かったら断ると言って置いたので、問題は無かった。
 「貴方に経験して貰った職場2か所とも、して貰う仕事が無いという事で今日までで有給の出社は結構ですので。勉強したいとの事でしたので、無給の勉強は何時でも結構です。」
 「日曜日に仕事が入っているのですが。」
 「結構です、何とかなりますので。」
 そんなやり取りが、続いたが断りの姿勢は同じだった。
 最近は、こんな労務管理が多過ぎる。この男は、指示された仕事を断って自分のしたい話しだけの時間を余りに多かったので、あの温厚な研修センターの管理者が珍しく継続勤務を拒否した。夜遅くまで、医療関係の理事長や議員などの人材を求める話しが続いた。

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