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トップハート物語(4727)立志伝敢闘編
18/10/23
2012年(平成24年)5月中旬。
 その仲間のメッセージだ。
 『是非彼女に今後のNPO活動の為に参加して欲しいと思います。意識の高さ、やろうとしている人間と業務に関わっていけたらと思います。賛成します』
 『みなさんが賛成するなら、私も賛成です。これから今以上にはばたこうとしているNPOは今までの人達の力+αでもっともっと素晴らしい地域社会の為に貢献できる法人に(笑顔の顔マーク)私もまだまだ未熟ですが皆さんからお勉強させて貰い、少しでも+αになれるように頑張ります(お辞儀と手を合わせたマーク』
 『今度、彼女がNOPの事務所でケアマネジャーとして働くにあたり会員になった方が良いと思います。彼女もNPOの勉強をされる事でしょうし色んな方面で活躍される方です。』
 『彼女がNPO法人勤務となればNPO法人の会員になられた方が事業の繁栄に繋がればと思い賛成します。佐藤さんのブログ記載のNPO法人定款変更(市民後見人)興味がありまた教えて下さい』
 『彼女はテキパキしていますし、6月から新たな場所で新たなスタートを切れる事だと思います。勢いづいているNPO法人にとっては力強い追い風になってくれる事だと思います。入会は賛成です。私こそもっと頑張らないと・・・という感じです。(汗マーク)宜しくお願いします。』
 私がずっと言い続けて来た支え合う気持ちが全体に現れていて、涙が流れて来ます。
 調子の良い奴だという気持ちは微塵も無い。忌憚のない心で、本当にほっとした。初期会員はこのほか私やNPO法人常勤理事の智子さんなどが居るが、全員賛成だった。
 彼女が入れば、私も色々頼む事がありもう考えている。それは、またの機会にお願いすることにしたい。人材とはこれほどまで異なるものなのだ。頭の痛い人材が、バカ者や初老に近い男性、若造など数えるほどなのだが痛い。
 突然、何時もメールでのやり取りだった訪問介護サービス提供責任者が電話を掛けて来た。
 「認知症を妻に持つ夫ですが、ヘルパーさんが入ると行方不明となっていて、方々探したヘルパーさんが見つけたのはスーパーでした。車いすを押して行ったようで。認知症の奥さんに何かおいしいものでも食べさせたかったと言っていました。申し訳ないと何度も謝っていました。」
 実は、この認知症を妻に持つ夫は一昨年脳出血で入院し、手術後寝たきりとなった。それは表向きで、診断の結果は麻痺が無いから歩ける、だった。しかし、入院先の総合病院でもリハビリテーション病院でも全くリハビリをしようとしなかった。拒否するのだ。ベットから降りない、出ない。
何も出来ないのでは病院は、特に2か所転院したリハビリ病院では退院を強要されて自宅に戻って来た。自宅でもリハビリを条件としたが、起きない。何もしないので、おむつ交換、バルーンによる排尿をしていた。
 しかし、ヘルパーさんが行くと立っている、伝い歩きをしていると聞いていた。しかし、頑として動こうとはしない。2年近くこのような攻防を続けていた。尿道炎になって入院したのを機に私がケアマネジャーとして不信を持っていた主治医によって押しつけられた訪問看護を代えた。
代わりの総合病院の訪問看護ステーションの管理者が来てくれて、今までと違ったスパルタ式に自己導尿やリハビリをする。週2回だが、その効果が表れて来たのだろうか。
 この日、訪問看護師が来ている時に私も打ち合わせに訪問した。自己導尿やリハビリを厳しくさせられている処に、認知症の奥さんが正座していた。隣の部屋に居た私を、
 「佐藤さん、佐藤さん。」
 と、呼ぶので行った。
 直ぐに隣の部屋に連れて来て、話しをした。
 「結婚して何年?」
 そこから始まって、生まれた時の話し、娘時代の話し、戦争中の話しその後の話しをして
 「お父さんがビルマで亡くなった。それから苦労した。結婚しても苛められた。家が空襲でなくなったのを知っていて、何かというと家に帰れと苛められた。」
 涙を流していた。
 夫にも苛められた、結婚していい事無い、離婚したいなどという言葉がどうやら夫の耳に残ったのだろうか。その言葉を聞き不憫に思って、要介護5で寝たきりの夫は力を振り絞って車いすを押して、妻に美味しいものでも食べさせたいとカステラを買いに行ったのだ。
制度の中の通報など頭には無く、これからの夫の行動が不安になって来た。歩き始めると事故を引き起こす恐れが生まれる。

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