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トップハート物語(4713)立志伝敢闘編
18/10/15
2012年(平成24年)5月上旬。
まだ、学習中だったが受ける事にした。NPO法人の後見受託の定款変更は縦覧が終わり、補正が終わり、審査に移っている。
 1時半に被後見人が入居している老人保健施設での待ち合わせだった。まだ、未経験の私に業務を依頼して来たのは京都で15年間も後見に携わっている代表の方だ。東京大学での講座で講師をしていて、私と距離が近いので一緒に何かしようと話しを始めて、先月は広域連合の端緒に着いた。
京都での会議の次は、当NPO法人の事務所で行う事になった。
 先日は、東京での後見人に関するシンポジュームの出張の際に私が来て居るものと思って声を掛けて頂いたが、残念ながら大阪に居たのだ。また、彼が京都で市民後見人制度の研修会を行う際に、人数が少ないと応援を依頼された。
その時に、数人送った。その直後に私の方にこの相談依頼があったのだ。
 車で30分程度のところだったが、県境の山の上なのでかなり早く出た。銀行に立ち寄り、昼食を摂りそれでも30分以上早く着いた。待ち、彼は入り口を間違えたと少し遅れてタクシーで来た。
今日は、その進め方や話し方を学ぶ絶好の機会なのだ。資料に目を通して、ネットで調べた内容を見直した。当初の情報では任意後見になるのではないだろうか、という事だったのでその内容を調べて覚えた。
 本人に会う前に、老人保健施設の相談員と打ち合わせをした。途中で看護責任者や他の相談員も加わり、当NPO法人からは私と常勤理事の智子さん。そして、『市民後見センターきょう』との代表。計6人で下打ち合わせ。危険な方向に話が及び始めたので、
 「本人の意思を確認されていますか。」
 それだけ、言わせて貰った。
 何故なら、
 「本人は自宅に帰りたいと言っているのですが、自宅に行ってみたら草茫々で段差は沢山あって、施設で使用している歩行器が使えません。」
 そう言って、他の特養や経費老人ホームに入れるとの方向を勝手に決め出したのだ。
 そのうえ、認知症にしてしまおうという感じがしていた。暫くして、これまで面倒を見ていた方の親族がお見えになったというので、場所を移動して情報を得る事にした。8名になった。
よく分からないのだが、金銭感覚が無くなったという被後見人をある男性が好意で面倒を見ていた。金銭の管理、自宅などの財産管理だ。この関係が分からない。どうして、この方の金銭管理をその方が行うようになったのか。経緯が説明されない。
ただ、この老人保健施設の支払い、無人と化した自宅の水道光熱費、固定資産税などの支払いをこの方がしていた。通帳も預かっていた。
 その方が亡くなったのだ。それを引き継いだ、娘さんが全ての行為を継続しないとの意思表示を、京都後見センターに伝えて来たのだ。たまたま、被後見人の入所している施設が私がいる処に近かったので、依頼があったのだ。
当然、私が行う場合は法人後見となる。しかし、早い場合は2週間で手続き完了というので、まだ定款変更の審査が終わっていない場合は個人で受ける事になる。
 情報であやふやなものについては、突き詰めて行かない。手続きや書類が示されて、順次担当者が処理をする事になった。方向的には、2年も特例で老健に入所しているので対処して他に移る事になる。
自宅が近くだったら何とか在宅の希望を叶えてあげようと思っていたが、難しい事だ。
 やっと、被後見人が招かれた。対応が雑で、みんなであれこれ言うものだから、何も言えないと思えた。このような威圧の中で、何を話ししろというのだ。段々大胆に成って、施設看護師が、如何に認知症状があるかを話す。つまり、任意後見は無理で法定後見の補佐か後見を期待して法定にする事になった。家庭裁判所に申請するのだ。
 その為の診断書作成、裁判所への申請書は私が作成することになった。その他の主な行為は全て京都後見センターの代表者主導で行うこととなった。
 全て終わってから、山を下りて障害者施設で行っている珈琲店に入った。今後の進め方などをレクチャーして貰おうと思ったが、ほどんどなされない。
「大丈夫、分かるから。出来るから。」
と、言うだけだった。
その後、18日に行う関西東海地区の2回目の会議をどう進めるか検討した。私が今度ホストになるので、資料や検討項目などの指示を受けた。その中で、というより既に車で向かっている車中で、フィナンシャルプランナー協会の県の責任者である支部長が仲間だが、そのキャラクターで困っているとの会話になった。
前回も、折角議論をしている最中に割って入り、話題を自分の個人的なものに替えてしまう。そして、話しが長いのだ。黙っていたら何時間でも話し続ける。
 先日も3時間も要した話し合いで、終わったら何を話ししていたのか分からない。記憶がないのだ。ただ、奈良から参加の彼女が結果的に個人の家族や親族の話しをするだけで、堪ったものでは無かった。それに堪えられずに、そのホストだった京都の代表が席を度々外した。

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