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トップハート物語(4700)立志伝敢闘編
18/10/09
2012年(平成24年)4月中旬。
本当は月曜日の午後に大阪に戻って来る予定だったが、ゼミは中止になるし東京のホテルに居ても遣る事も無く行きたいと思う処も無く、戻って来た。朝から社員の給与計算をした。今月は昇給月だ。
過去1年間で8割以上の勤務をした者は最低1万円の昇給を、最高で4万円を3人昇給させた。負担は大きくなるが、それ以上増益が見込まれるからだ。息子も派遣先からの収益が増えたので月額10万円昇給させた。過去3年据え置いたからだ。
加えて、私の報酬はもう限界に達しており、法人税の40%以上の所得税額が掛かって来るのでこれで昇給は終わりだ。
 一昨日、息子に
 「10万円昇給させるので。」 
 「俺より、弟に上げたら。」
 「そうはいかない。お前のように常勤で会社に働いているなら分かるが、他の会社で働いて給与を貰っているのに支払える訳ないだろう。」
 そう言ったが、兄弟思いで内心感激した。
 住宅ローンで厳しい生活をしているので何とかしてあげたいが、そうはいかないのが株式会社だ。
 計算が終わって、暫くすると京都の市民後見人センターの所長から電話があった。次回の関西東海地区交流会の会場はこの大阪で行いホストは私になっている。その打ち合わせかと思ったが意外な話だった。
 自分の処に第三者から依頼があって、
「後見人を引きうけてくれないか。」
というのだ。
何故京都のセンターがと思ったが、どうやらこの大阪府の方が対象者で相談者が京都に住んでいたようだ。私のNPO法人は定款変更で、成年後見人受託が加入するのがまだ時間が掛かる。やっと、縦覧が終わって補正に入ったところだった。
その申請書はあの70歳爺さん社員にさせた。何かをさせないと給与を支払っている意味が無い。そう思ってさせたのだが、そんなに難しくない軽作業だったが、指摘を受けた内容は幼稚な間違いだった。
 言葉遣いや、計算の数値が合わないのだ。縦覧とは、そのまま申請書類を公示するのだと分かった。終わってからの補正を求められた。まだ、補正内容を見て居なかったが、そのように後見人の依頼を受けたのでは早急に対応しないと行けないと、補正の修正に取り掛かった。
直しながら、この程度のレベルで偉そうにしていたのかと思うと可哀そうに成る。出来ないことを隠そうとして、他の者にさせて自分がしたように何度も持って来た。内容を聞かれると出鱈目答えて、役所にも出鱈目答えて挙句に登記をしていないにもかかわらずしたと嘘をつくようではもう限界だった。
その後始末が大変だった。
 その間、京都の後見人センター所長とやり取りをして5月2日に利用者が入所している近四条畷市の老人保健施設に行く事になった。ついに、受ける事にしたのだ。勉強しているとはいえ初めての業務に、血が騒ぐと同時に武者ぶるいがした。
 午前中どころか、補正が余りに多々あったので終わったのが2時前だった。ファックスで役所に送信をして部屋に戻って昼食をした。
 直ぐに社員から連絡があり、代表者印を押してくれというので出勤。久しぶりの相場師から電話があり、午後4時に会った。
「相場師を辞めて、芦屋でまともな仕事をしたい。」
と、言う。
その仕事とは、介護事業だ。その指導をして欲しいというのだ。1時間半に亘って話しをしたが、何もしない前に結論を出そうとしている。何度も同じ話をした。彼は豪放だが、性格は小さいかもしれない。体は大きくて怖い顔をしている。
自分の身の上を話しだした。
「離婚して通帳ごと手切れ金として渡した。」
という。
そして、今度は芦屋のスナックのママといい仲になって、一緒に何かをしたいと話しあっている時に
 「佐藤さんの話しをすると、介護事業をしたいというので一緒にする決心をしました。私で本当に出来ますか。」
 何度も同じ話をする。
 警戒をしている私が居て、彼は、
「佐藤さんに顧問料を払うので指導してくれませんか。」
という。
「そんなの、要らないから。」
という私。
取り敢えず、資格を取る為に就職支援事業の介護職員基礎研修を受けるように指導した。
 引退した議員から電話があった。用件はなかったようで、近況を聞いて来たのでお願いした。NPO法人の認定法人指定を受けようと考え始めた。色々と共同で話しを進めているのだが、どうも意識のレベルが合わない。時間だけが過ぎて行くので、自分で出来るだけの事はしたいと思うようになった。
その実現のためには、国会議員の協力が必要となる。顧問か何かになって頂いて展開したいと思っていた。お願いして、国会議員と土曜日に会う事になった。


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