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トップハート物語(4660)立志伝敢闘編
18/09/18
2012年(平成24年)4月初旬。
新たな大阪市の事業所に向かった。開設して3か月が終わり4か月目に入った。初めて足を運ぶ。今後の体制や、シフトの管理など基本的な内容を詰めた。みんなで寿司を食べて、意思統一を決めた。
何しろ、全く何も経験のない者が2名で運営を始めて、3月に介護と支援の指定を取得した。その間、70歳爺さん社員が邪魔をしたり意地悪をしたりして苦難の時期を過ごした。3か月一緒に居たが、やっと先月末に退職した。その奴の名前も出て来ないほど不快な時期を過ごしたのだろう。
 営業活動を活発化して欲しいと言い、3月は途中からの業務が多く2、30万円の売り上げだが、4月は100万円を超える数字を上げるみたいな感じ。現在の契約がその数字を出している。
今日も1ケース、2ケースと依頼が来た。その一人を、直ぐに私がサービス提供責任者を連れて行って軽度なサービスだが第一歩を踏み出した。
 顔合わせの後、法務局に向かった。新たな介護雇用プログラムの申請をする為に、法人の印鑑証明書が必要となる。向かって、そのまま東大阪市役所に。顔馴染みになった担当者に書類を提出。
一部差し替えがあったが、後日提出することで受領して貰った。取って返して、新規利用者宅でアセスメント。ただ、他のケアマネジャーが付いている方で私が知っている家族の方が対象。
 「今のケアマネジャーが何もしてくれない。来た事も無いし、デイサービスを利用しているのですが、私がデイサービスに連絡して毎月の予定を決めている。」
 そう、同居して利用者の面倒を見ている親族が言っていた。
 しかし、そうであってもそのケアマネジャーは私と懇意にしていて、余り軋轢を生むのが嫌だ。だから、
 「まず、自分達でその旨をケアマネジャーに伝えて、替わりに私の名前を出して依頼する旨を伝えて諒解を貰ってからじゃないと、私が引き受ける事は出来ない。」
 そう申し伝えたのだが、その言葉を受け入れて
 「伝えたら、良いですよ。そう言っていました。ケアマネジャーを辞めると言っているようす。」
 それを聞いて驚いた。
 鍼灸院をしていて、片手間でケアマネジャーをしているが、ほとんど利用者の期待にこたえられていない。ひと月の訪問など聞いた事が無く、私が利用者の自宅に伺ったが、利用票のかけらも無い。
 「どうやって、ひと月の依頼をデイにしているんですか。」
 と、先ほど電話で聞いた内容が信じられないので再度確認した。
 「私がデイの担当者にしています。」
 やはり同じだ、来て居ないと言う返事も同じだ。
 「今日、佐藤さんにお願いしたと言ったら、今日の夜8時に来ますと言っていたけれど、断った。」
 そんな話を聞き、ケアマネジャーに電話した。
 出ない。仕方が無く、希望を聞いた。福祉用具レンタルと朝のデイへの送り出しを依頼された。連れて行った新たな大阪市の事業所サービス提供責任者が目の前の認知症の利用者へ以前ヘルパーとして対応していたという事が分かった。
 それを終えて、宴会会場に向かった。
 介護福祉士で社員が5名受験した。全員が合格した。加えて、NPO法人常勤理事の智子さんが誕生日だった。制限して社員25人が参加した。大盛り上がりで、これほど盛り上がったのは初めてだ。
今まで、お局様と呼ばれていたとんでもない古株が居て、こんな宴会では誰も近づかないので強制的に嫌がる社員を呼び寄せていた。そのうえ、宴会時でも勝手に自分の周りに輪を作って腕相撲等をさせたり、途中で何人か連れだして突然仕事の打ち合わせをさせたり嫌がらせが相次ぎ、参加者が減り面白くない宴席が続いた。
それが、一転して大騒ぎになり嬉しい限りだった。
 その為か、時間が早く過ぎて行き2時間の予定が3時間になって仕舞った。遠くから通って来ている社員もいて気がかりだったので、〆を強要した。一人ひとり、合格者が抱負を述べた。
続いて、NPO法人常勤理事の智子さんが誕生日に際して抱負を述べた。私が内緒の誕生日を口に出した。みんなが囃し立てて、そのうえ急きょ近くのホテルに行って大きな誕生ケーキを買って来て、サプライズな演出があった。
 宴会場は、近隣の魚のお店で美味しいお魚が沢山あるのに、コースだけでお腹が一杯になり、多くの注文は出来なかったので海鮮巻きずしを全員にお土産で持たせた。

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