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トップハート物語(4639)立志伝敢闘編
18/09/03
2012年(平成24年)3月中旬。
 本当に、偶然が重なって恩師に会えた嬉しさが続いていた。東京大学での講座は、知的障害者の通所施設や精神障害者入所施設の責任者や当事者が来て話しをしてくれた。
更に、有料高齢者住宅選定の専門家やトラベルヘルパー運営会社などの責任者やその利用者などがゲストとして来た。余り気が入らないのは、恩師の先生がこの会場に居ることでウキウキしていたのだろう。
昨日、30分前に会場に来た時には既に半数以上の席が埋まっていた。老人は早い。先生も昨日言っていたが、
 「隣の人が言っていたのですが、こんな若い人が隣に来て嬉しいって。私だってもうすぐ50になるしと思っていたけれど、周りを見たら本当に年齢が高過ぎるよね。」
 「いや、私もそう思ったのですが案外皆さん勉強家ですよ。でも、動作が遅くて人の事を考えないしそれが困る。入り口で何枚かの並べられているパンフを自分で取って入室する時に、その内容を長々と聞いたり中々取る事が出来なかったり、お陰で外まで受講生が並んでいて。」
 そう言って、先生を苦笑いさせた。
 講義中、何故か今日中が何もしていないのに私にマイクを持って来て
 「どうぞ。」
 と、言って渡す。
 私は何か質問したいという意思を感じられるような仕草で居たのだろうか。何しろ、受講生は300人近く教室に居るのだ。
 「いいんですか。」
 と、言って受け取ったはいいが、質問したい事は沢山あった。どれを質問しようかと思って、絞ったのが2点だ。教授が登壇している講師に質問した
 「介護認定は友達や友人では駄目ですか。」
 「ダメです。」
 と、言った内容と
 「CW=ケア・ワーカー」
 との説明に対してだった。
 勿論、説明不足だったとか、そう言う言い方もあるとか言っていた。
 それはどうでも良いのだが、帰りに先生に
 「余り関係のない、小さいことを質問していたね。」
 と、からかわれた。
 終わってから、先生と先生が乗って行く地下鉄の駅まで歩きながら向かった。
 懐かしい、あの頃のことを話ししたかったのだが、先生にとっては何年もの間教えた生徒が数多いる。だから、その期のことを言われても直ぐには思いつかない。私ども10期の生徒の幾人かの人を言うと思いだしてくれた。
雇用能力開発機構での介護サービス要員の養成は平成20年で終了した。
 「終了した時にさいたまポリテクの11期の方達がお別れ会をしてくれて招待された。また、群馬でも閉校式をして100人くらい集まった。さいたまでも、もう一人の講師にするように言ったのですがショックが大きくて何もしなかった。」
 そんな裏話を教えてくれた。
 また、埼玉に残っている人が中心となって何かしてくれればいいと思った。
 また次があるから、楽しみだ。
 その受講中に、認知症を妻に持つ夫婦が利用しているデイサービスから何度か電話が入っていた。終わってからメールなどを見ると、居宅支援事業所の管理者から、
 『認知症を妻に持つ夫からデイサービスに対して、今月は土曜日だけの利用にして欲しいと言われたけれど、ケアマネジャーに言って下さいと言ったようですが、どうしましょうかと連絡がありました。』
 週4回利用しているのだが、デイに行った日の夜に大暴れする妻に閉口して減らしてくれと最近言って来た。減らして週2回にしたのだが、その後
 「妻が前のようにしてくれと言うので、4回に戻してくれ。」
 と、言って来た。
 それが、また今度は週1回にしてくれというのだ。ここ半月の話しだ。こんな振り回されてどうするんだと思うが、利用者に連絡した。しかし、出ない。仕方が無く、訪問介護事業所のサービス提供責任者に連絡して、訪問する際に意思確認をお願いした。
 意思を確認して、やはり土曜日のみと言う返事を貰ったので、東京駅に着いた際にデイに連絡して謝罪して変更をお願いした。もう、我儘なおっさんの事で慣れているので受け入れて貰った。

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