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トップハート物語(4631)立志伝敢闘編
18/08/30
2012年(平成24年)3月中旬。
 早朝7時半過ぎに、介護サービス提供責任者が来た。新たにケアマネジャーの資格を得るべく実務者研修会受講中で6月には終える。その後、登録して活動に移る。これまでも、何度もこれからの事を考えて打ち合わせして来た。
最初は、当社の既にある居宅介護支援事業所に所属することになっていたが、段々と考えが替わって来て、
「自分の実力を試したい。」
と言い出した。
勿論、その心意気が私にとっては求めるものだった。その受け入れる条件として、利用者確保の努力をして欲しいというハードルを設けた。つまり、
「今現在の立場で訪問介護の利用者を得る営業をして欲しい。」
と要請したのだ。
 その実施を行っているので、今度はどこに事務所を設置するかという段階になっていた。当社の手持ちとして同じマンションに常時使用していない部屋が2部屋ある。そのうちのどちらかでと考えていた。
ところが、3月に新たに設置した大阪市の事務所が思いの他実績を上げ出した。これには私のプランも変更を余儀なくされた。収益を上げる部門に人材を投入するのは経営の常とう手段だ。
その新規事業所に3部屋あり、事務所と相談室と倉庫と余裕で使用している。その倉庫を相談室にして、相談室を介護支援事業所に変更しようと考えた。
 その話しをしたかったので、彼女が来た時に具体的な話しをした。
 「私はどこでもいいんです。場所は選びません。ケアマネジャーをさせてくれるんですね。常勤の勤務時間外も働きたいのです。ケアをしてその分の報酬も頂ければ有難い。」 
 「それは歓迎だ。勤務時間外で、他の事業所のケアマネジャーも訪問介護で働いてくれたし、沢山のケアマネジャーに養成校の講師もして貰っている。同じように、お願い出来れば有難い。」
 そんな事を言って、それから色んな話を1時間半していた。
 約束の9時過ぎに、育児休業から復帰する社員が子供を連れて来た。本人が感情的な起伏が激しいので、今日来たいと言って来た時にもしや退職することを伝えに来るのかもしれないと覚悟を決めていた。
というのは、彼女は事務的なものは全く駄目で、現役の頃にサービス提供責任者をしていてシフトも満足に管理出来なかった。字を書くのが嫌なのか、電話を掛けまくっていてその料金は月35000円を記録していた。
会社の携帯電話なので、負担額が大きく何度も注意したが全く聞く耳を持たない。
 ただ、キャラクターが愛すべき人間なので、誰も悪く言う者がいない。我慢していたところに妊娠の朗報。携帯電話を取り上げて、今手元に預かっている。それを返す時期が来たのだが、これからは制限を掛けてある一定の金額を超えた分は自己負担にしようとしている。
 10時半に話しを終わった。懸念していた退職の話しは出なかった。実は、戻る本社の管理者は彼女の事務能力の無さに悩まされていて、いまやっと正常になった処で戻って来て貰っても困る、戻るならケアと営業と話しをしたようだ。
その言葉にどう反応したのか分からなかったので勝手に思っていた。その指摘が適切だったのか、納得したようだ。それに加えて、新事業所のケアがかなり増えて来ているのでその応援も頼んだ。彼女は移動手段も十分あるしケア能力やコミュニケーション能力は完全なので、自分を生かせる道をこちらから言う事によって、お前は必要だとアピールした。
 「それに、養成講座も忙しくて設定した介護職員基礎研修と2級ヘルパー研修が満席で、慌てて講座を4教室増設した。それでも、県外からも受講しに来て居る位盛況だ。」
 そう言って、お願いした。
 午後から、新規事業所が受注した大きな支援、身体介護を伴う51時間と家事援助50時間の利用者を担当していた事業所に挨拶に行った。案外簡単に手放したので、何かあると思ってその情報を得に行ったのだ。
普通なら、どうしてですかと聞くのだが、何も聞かれなくて
「どうぞ、どうぞ。」
という。
 「自分から事業所を探して連絡して来たのですが、そのような利用者は何かあるので、もし何かアドバイスがあれば教えて欲しい。」
 そう言ったのだが、
 「いや、あの方は何も問題はありません。」
 そう言うだけだった。

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