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トップハート物語(4630)立志伝敢闘編
18/08/29
2012年(平成24年)3月中旬。
 早朝から、新たな大阪市の事業所の新たな利用者確保の為に利用者宅を訪問した。朝9時半に待ち合わせしたのだが、早く着き過ぎて車の中で音楽を聞いていた。
9時に外に出て、住宅を探した。見つからない。何度か周りをまわっている間、同行しているNPO法人常勤理事の智子さんが、
「トイレに行きたい。」
と言い出した。
ううるさく言うので、怒って、
「どこにでも行くように。」
と、言ったが黙って着いて来る。
寒い中捜し回るが、分からない。そのうち、新事業所の管理者が来た。こっちだと連れて行く。メールで来た地番の一部が抜けている。少し管理者の程度が心配になる事がある。
 訪問約束時間10分前に自宅前に着いたが、まだ早いので暫く外で話しをする。日当たりのよい処で、暖かさを僅かに感じて話しして、時間が来たので訪問した。男性で視覚障害があり、独居だった。
事前の話しでは、
「生活援助を日曜日3時間して、記録は1時間半にして欲しい。」
という。
「そのあと、移動介護をしてくれ。」
という要望だった。
 話しを進めて行く間に、少しずつこちらのペースに持って行く。一体何が問題で3時間ケアの1時間半実績を要求しているのか分からない。その内容を探るべく来たのだが、結果的にはそのような要求は出なかった。
ただ、仕事をしているので、自己負担が1割だという事だった。その負担が大きいので、そのような要求をしたのだろうか。話しを聞き、要望に応える。その様な事を何度か繰り返す間に、
 「お宅に全部依頼してもいいのですが。受けいれくれますか。」
 受給者証を見ると、同行援護身体を伴うが51時間、家事援助が50時間だった。他の事業所が入っていて、残りは10時間程度だったが、
「全部お宅でして貰って構わない。」
というので受け入れた。
彼は、直ぐにその事業所に電話を入れて、契約の終了と他の事業所に替わる意思を伝えた。簡単に入れ替わる事になり、電話を替わって引き継ぎをお願いして明日お会いすることになった。
続いて、「居宅サービスも替わってもいい。」
という。
それは、当社は構わないが、残り時間だけでも構わないと話しをした。
 契約の話しになり、代筆をするように言われたが断った。
早速役所に連絡して、私に替わった。事情を説明した後
 「誰か第三者に代筆して貰うなどの手続きは出来ませんか。」
 「そうですか。」
 「だって、おかしいでしょう。契約の当事者が同じ者だったら。うちは出来ないので、どうしたらいいでしょうか。」
 「担当者が不在なので、後から電話を掛けさせます。」
 そう言って、終わった。
 そのあと、
「明日から対応して欲しい。」
と言って来た。
それは構わない。援助内容と聞いた後
 「何かご希望はありますか。また、気をつけて欲しい事とか事前に言って置きたい事などありますか。」
 そう言うと、もじもじして言いにくそうに
 「妻が別居していて、妻の処に寄って話しをしたりしないと行けないので女性が良いです。」 
 「それは大丈夫です。それでは、話しが合うような年齢の方を準備します。失礼ですが、奥さんは何歳くらいですか。」
 「50代ですが、同じ年齢で無くてもいいです。若い方をお願い出来ますか。」
 「結構ですよ。それでは30代くらいの方でいいですかね。」
 「いいや、えーと20代の方をお願いします。」
 「そうですか。いいですよ。後何か気を付けることなどありますか。」
 「うちの妻は8分の1がアメリカ人なんです。ですから、握手をしたりハグをしたりするので驚かないで下さい。それが自然に出来る方が良いです。」
 「分かりました。それから、他に外出する処で事前に分かって置くようなところがありますか。」
 「DVDなどを借りに行きたいのですが。」
 「それは大丈夫ですよ。」
 やはり、室内移動は自由に出来ていた。見ることもある程度可能か。若い女性とDVDと、簡単に前の事業所が手放す。利用者から連絡があったように、援助に入る事業所が替わり過ぎ自分で捜さないと行けない状態だという事は、ある方向が見えて来る。
 ほとんどの時間を当社でする事になったが、外に出てから管理者に自分の思った事を話しした。そして、人選を進めた。結論は、元ヤンキーの刺青の入っている強面の美人ヘルパーにした。
 その人選の間、研修センターの専任講師からメールがあった。

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