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トップハート物語(4626)立志伝敢闘編
18/08/27
2012年(平成24年)3月上旬。
 見解は、
「どれも出来るしどれをするかは事業者の判断です。」
と言う。
「それに対して、労働者が何かを申し立てて争いになる可能性もありその結果が思うような形で決着ないかもしれない。その過程で、斡旋や調停がある。」
との説明があった。
「その何れもに、証拠としてメールや言動をメモるようにして下さい。」
と、言われた。
 そして、
「その労働者が何を求めているか。それを把握しないと行けない。それも早急に。また、本当に麻痺して手が動かないのかどうかを確認しないと行けない。会って判断するのか、病院に確認するのか、今、どの保険を使用しているのか。治療費はどうしているのか。労災を求めるなら、社会保険などの労働者分の経費負担を求めるように。」
など示唆された。
 また、
「事業者としてハローワークが言うように契約無効であるという主張なら、それを相手に意思表示してどのような対応をするのかも見る必要がある。」
と、色々言われたが、半分問題の無い、つまり実質的な被害が無いようにしたいという思いがあり、
 「どうせ労働基準局は労働者の味方だから、何を言っても始まらないだろうから、面倒だから労災適用でも仕方が無いと思う。」
 「そうであれば、事業所がそれを認めているのでその為にこうなったのだからと損害賠償を請求する場合もあるので慎重な対応が必要だ。」 
 とも言われた。
 色んな話を聞き、指導されてある方向で頭の中で纏めて外に出た。近くの喫茶店で休んだ。その間、メールが入り大阪市内の新事業所のケアがまた一段と増えた。その新たな依頼の内容が報告された。毎日曜日9-18の9時間ガイド。毎日16-18の2時間ガイド。その他、週2回の7-9の居宅サービス。利用者の希望が明るい男性だという。
その人選を考えないと行けないと思っていると、社会保険労務士からの電話が入った。タイミングが良く、説明に相当要した。一通り、説明して
 「あとは事業者の結論を出して頂ければ、そのように動きます。」
 「いや、労働基準監督署は専門の社会保険労務士の意見を聞き適切に対応するようにとの話しでした。」 
 「そうですね、私としては労災適用になるのであれば、労災申請をするのが良いと思いますが、結論を出すのは事業者ですから。何れにしても、本人がどう思っているのかを確認されて。」
 と、いう事だった。
 帰る途中でソフトバンクの携帯が故障してしまって、全く機能を果たせなくなった。社内の連絡が不能となって仕舞った。ドコモの携帯を持っているのだが、社外中心で使用しているので登録がされていない社員が沢山居る。
一番困ったのが、新規情報を貰って置きながら連絡できない事だった。運転しているNPO法人常勤理事の智子さんに聞きながら、新規事業所の管理者に連絡した。
一番不安なのは、毎日のケアと毎週日曜日の9時間同行などを求められているのだが、若い男性で明るく気の付くヘルパーだということだ。障害度6の方なのだ。
 人がいるのかどうか、不安に成ってアセスメントで戻って来て連絡をくれたのに、携帯電話が故障で不安を増幅した。だから、早く連絡したかった。
 「安心して、もうヘルパーの準備は済んで居るから。」
 この電話が通じる前に、本社管理者に連絡して適切な男性を空けて貰っていた。
 携帯電話ショップに行ったが、契約が法人なので代表者印が必要だと言われて、買い換えの手続きが出来なかった。
 戻って来て、業務上負傷したと言っている新人シングルマザーに連絡した。雨が降っていたが外に出ていた。子供の声と成人の男の声がずっと聞こえていた。
「雨の中を歩いています。」
と言っていたが、片手が麻痺して動かないと言っていたのだが、雨が降っていて傘を差して携帯電話を操作出来るのか。労働基準監督署でも社会保険労務士からでも疑問があったのは、
「本当に手が動かなかったのか。」
という事だった。
片手でバイクを運転して帰宅が出来て、事故って動かなくなった片手を使ってその後も二人援助をしている。
 当社の決まった見解を言う前に、幾つかの対応しようと思っている選択肢を言った。ハローワークの言う契約無効か休職かなど。本人は、
 「これから大学病院で精密検査を受けて、リハビリして働けるようであれば働かせてもらって、仕事が無いようであれば辞める事になると思います。」
 と、言ったが隣の男性もいるので
 「一晩考えさせて貰えませんか。」
 「いいですよ。」
 と、返事して切った。
 社会保険労務士に報告した。何故か、労災適用で収拾を計った方が良いというニュアンスだった。
 夜、テレビを見ていて泣けた。同級生が町長である南三陸町の防災無線で危機をアナウンスしていた、遠藤未希さんの最後の放送録音が残っていた。親がそれを聞きながら
「他人の為になって死んで行った、町民はあのアナウンスで助かった。」
と。

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