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トップハート物語(4614)立志伝敢闘編
18/08/21
2012年(平成24年)3月1日。
 早朝、何度も来るが先客がいて話しをせずに戻って行っていたケアマネジャーが来た。話しの内容は、それほど急ぐものでは無かった。顔を見ただけで安心した。何か緊急の用件があったのか、聞きたくないネガティブな話しではないだろうか、等と考えていた。
デイサービス事業者が私の担当する利用者の件で報告があったという。わざわざ来てくれたので、そのほかの利用者の情報交換をした。終わった後、隣のSC内の銀行に立ち寄ってからスターバックスに向かった。
 面接がある。男性で私が以前の会社を退職してこの世界に入った時と同じ年頃の46歳の男性だった。ハローワークから紹介があり、電話で話しをして今日のこの時間になった。
電話があってから面接希望日まで間が空いていたので、他の事業所へ就職活動をしているのだと思っていた。10時の約束時間に丁度に電話が入った。
「入り口に来て居ます。」
という。
既に座って待っていたので、手を挙げて合図した。珈琲を注文して席に着いた。電話でもそうだったが、第一印象や物腰は柔らかく好印象だった。
 履歴書と業務経歴書を早速頂く。高校は偏差値70を超える名門校だった。職歴やその業務内容について質問した。親の介護で職を辞したことや、転勤命令を拒否して同じように辞したと言っていた。
それにしては、短期間の勤務だ。しかし、受ける人柄は良さそうだった。その物腰を受けた印象と考えは一致していた。
 「最前線での業務は無理なので、事務的な後方支援だったら会社に貢献できるかなと思いましたので、応募しました。」
 最初からこれでは、採用意欲が無くなる。
 昨日、面接した若い女性も同じだ。
「指示によって事務的な業務をして行くのが自分に向いている。」
と言っていた。
 「介護職員基礎研修の就職支援事業を受けて、この仕事をする気持ちを持っていたのに、後方支援でなどと他の会社を受験したと思いますがそれでいいという会社施設はありましたか。」
 「いえ、この歳ですからなかなか難しい。」 
 「うちも同じですよ。介護の会社ですから、介護をしないと収入が無い。特に男性ですから、管理者や運営者などの責任者を目指して行かないと話しにならない。」
 厳しい事を立て続けに言った。
 「当社は、自己管理ですから創造力を働かして会社に貢献できる男性じゃないと難しい。年齢の行った男性は働く場が無い。自分で探すか、自分で作り出さないと。」
 何んと無く、その闘争というか前向きというか意欲というか、感じられない。これが災いしているのだろうか。何故、短い期間に遠方の地方に転勤を命ぜられるのか。そして、直ぐに退職してしまうのか。
 そんな思いを抱いていた。私が厳しい事を言うと、柔和な顔がこんな怖い顔も出来るんだと思うほど、厳しい顔を見せた。私の中では、採用してみたいと思うようになった。素直な性格を持っていそうな感じがした。
しかし、男性は容赦ない。裏表があり、それを見抜けずここまで来て何度も失敗を繰り返している。あの70歳爺さん社員がそうだ。人の良さそうににこにこしていて、実はとんでもない人間だった。その為に、彼を理由にして配属先の本社介護管理者、自立支援管理者、この地区の総合管理者、自立支援管理者が退職した。昨年の8月だ。
 それからも居座り、何の実績を見せる事も無く、ただ69歳まで世界的電器メーカーに在籍していたというプライドだけで生きていた。しかし、私に対する度重なる嘘の報告や事実についに対することが出来ずに、退職をメールで申し出て来た。
しかし、まだ安心は出来ない。退職願はまだ出て来ない。3月末だという事だけを言って来ている。それを思い出し、この求職者もどうなのだろうかと思っていた。その彼を、70歳爺さん社員の後任にしようと思ったのだ。
 質問が幾つかあった。残業の考え方だったが支払われるかどうか心配だったようで、通常月35時間程度と求職表書いてあるがこれは、女性の場合だ。

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