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トップハート物語(4579)立志伝敢闘編
18/08/03
2012年(平成24年)2月1日。
 朝一番に、大きな発泡スチロールで、南三陸町の先輩の鮮魚店から寒鱈と白子鍋の食材が届いた。6個口で山のようにうずたかく積まれた。直ぐに、介護事務所の社員を呼んで4個口を渡した。
大東本社管理者から取りに行ってもいいかと連絡が来た。その時点では、まだ来て居なかったがS急便とは違い、クロネコヤマトは冷凍や冷蔵品は朝一番に届けるので、取りに向かうように指示した。
その通り、大東本社管理者が受け取りに来た段階ではもう到着していた。
 介護事務所から3人が受け取りに来て渡した。そのまま、私は野菜などの食材を購入しに出掛けた。いつも利用していた、市場からの直売店は仕舞っていた。お年寄り2人で販売にしていて、早朝から大勢の客や商売の方が方を押し合いへしあい買いに来て居た。
安くて品物はいい。しかし、大量に買わないと駄目。単位が大きいので、客同士が買って分けたりする。
 ある時、私も幾つか多く購入するのだが、受け取る時に買った物が無かったり、数量が合わなかったりすると
 「これ足りないよ。」
 「よく気付いたね。」
 そんなこの土地には相応しいずるいいい加減な婆さんだったが、手すりが無いと立っていられない状態だった。
 多分、もう店仕舞いをしてしまったのだろう。何度か病気で休業という張り紙があったが、今回は張り紙が無くシャッターが閉まっていた。
 仕方が無く、野菜は新鮮な業務スーパーに行った。大量に買い込んだ。野菜だけで1万円近くなった。それを、分けて介護事務所に届けた
 準備完了した。新事務所のメンバーが既に隣の部屋に来て居たが、メールに気付いたのが遅く11時半だった。直ぐに呼び寄せて、実践勉強の為に食べる準備を始めさせた。その間、新事務所の管理者である70歳爺さん社員から報告を受けた。
この日、この鍋パーティーに来る途中に、最初の営業として幾つかの地域包括や居宅介護支援事業所を回って来る事になっていた。一通り、幾つかの報告を受けた、回った手ごたえはどうだったのかを話しするのを待った。それが、
 「以上ですが、何か社長からお話しがありますか。」
 少し、何を言っているのかという気になりながら
 「回った感触はどうでした。」
 そう、穏やかに聞いた。
 「いえ、まだ行っていません。」
 「行ってませんて、あれほど昨日嫌になるほどの言い方で叱責して、鍋の昼食があると言ったら『折角、明日から営業に行こうとしているですが』と言ったので、それじゃ、昼からだから幾つか回ってこの事務所に昼に来るように、と言った筈だ。それなのに、回って来ていませんとはどういう事だ。」
 そんなこと言わないというように、聞き返して来た。
 「とぼけるな、おれを馬鹿にしているのか。何で、毎日こんな馬鹿げた話をしないと行けないんだ。辞めた方がいいんじゃないか。これまで、ああでもないこうでもないと言い逃れして、いよいよ駄目になると悪態を突いたり嫌がらせをして逃げて行く。そのパターンだ。何も出来ないくせに、如何にも出来るようなフリをして、時間稼ぎをする。聞えないふりをしてとぼける。もうこんなやり取りで、時間潰すのを止めませんか。ここに来るまで、沢山の時間があったが何をしていたんですか。」
 「いや、手ぶらでは回れないのでパンフレットを作成して・・」
 「何を言っている。そんなもの、もうとっくの昔に出来て無いとおかしいだろう。それは、誰が作ったんだ。」
 「3人で。」
 「3人でとはどういう事だ。あんたが自分の手で作るように言った筈だ。他の者にさせて、如何にも自分がしたように持って来る。大体、責任者が部下に抱きついて、手柄を自分のものにしようという奴に何が出来る。いいですか、資金が無いからもう給与は支払いませんよ。それで、いいですか。誰だって分かる。収入が無ければ支払えない。自分の元働いていた立志伝の人松下幸之助を尊敬していつも口に出していますが、松下さんは何もせずに他人にさせて、自分がやったようにしていたんですか。少年の頃から休まず働いて立派な会社を創ったんじゃないですか。口先だけで誤魔化して、何とか野郎などと言う根性が汚い。折角、始めての営業がどんなだったか話し合って鍋を美味しく食べようと思っていたのに。若い子らが可哀そうだ。部下を利用して自分だけが生き残ろうと図ってもそうはいかないですからね。」
 そう言って、30分くらい我慢出来ずに、昨日どころかずっと時間を割いて話しをしている。
 もう限界だ。夕方5時頃に、サービス提供責任者の予定者から新規申請結果がメールで来た。受付完了という事だった。

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