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トップハート物語(4561)立志伝敢闘編
18/07/25
2012年(平成24年)1月中旬。
朝一番で、70歳爺さん社員が来た。7時に電話を掛けて来て、来たいと言うので受け入れた。先日の、あまりのいい加減さに怒った私へ謝罪をしたが、私は受け入れない。もう、我慢の限界だ。
これから、新たな事業所を開設する姿勢ではない。引導を渡さないと行けないので、はっきり端的に言った。
 「いいですか。これまで。甘い顔をして、何でも受け入れて来た。しかし、もう限界だ。いい加減な事を言って、口で誤魔化そうとして黙って聞いていたのを上手く行っていると思わせていた俺も悪い。これまで、1年間色んな事を言われて時間と経費を掛けてやって来た。結果、1円でも稼ぎましたか。其の間、幾ら支払って居ますか。これまででも、この新たな事業所を作るのに何ヶ月も費やした。一体自分は何をして来たのか考えて下さい。今度は、許しませんから。ある一定の時期に結果が出なければ責任をとって貰います。若い。2人を犠牲にするかです。」
 はっきりと、辞めてもらう事を言ったのは初めてだ。
 若い2人が居るので、それを殺してしまう言動が多すぎる。
10時過ぎには、今度は研修センターの高学歴社員と出掛けた。就職支援の研修募集をしているが、ある一定の講座の集まりが全く悪い。その情報は、聞けば言うが聞かないと言わない。一番、問題なのは募集期間だ。
 「1週間延長が出来るんだろう。そう言って居たよな。」
 「いや、この地域は延長出来ないと言われました。」
 「何でそんな大事な事を言わないんだ。それじゃ、後半に沢山申し込みが来ると言って居たのは嘘か。あと、数日しかないじゃないか。」
 また、
 「窓口のハローワークでは。厳しくして、一度来ただけでは受講を認めないそうです。」
 「その厳しく言われる内容はどんな言葉を言われるんだ。」
 「その情報は入って来ないんです。」
 「受講が決まった人が連絡してくる時に聞けばいいんじゃないか。それが分かれば対応の仕方があるじゃ無いか。」
「そうですね、すみません。」
ipadには泣かされる。やっと入力が終わって、投稿しようと確定した途端画面が消えて仕舞った。再びやる気が無くなったので、諦めていたのだ。しかし、この時間になってテレビが面白く無くなったので布団の中で横になって打ち込みを始めた。
 高学歴社員と出掛けた。本社のある市のファミレスに。元議員から、求職者の相談を受けたのだ。
 「お宅のやっている就職支援講習を受けるので、終わったら就職させて貰えるか。」
 「それは、能力があるかどうか見極めてからです。」
 そんな事は、当たり前の事だろう。
 最初からピントが外れていたのだ。約束した、本社のある大東市にあるファミレスではなく隣市のファミレスに行ったようだ。今の若い奴はこの程度で呆れ果てたらダメ  だ。
 やっと約束したファミレスで会って、最初の言葉でのけ反った。
 「将来はどんな目標を持っているんですか。」
 「これまで仕事としていた倉庫管理の仕事を早く見つけて、安定して長く勤められる会社で働きたい。」
 「介護の仕事をしたいんじゃないの。」
 「いや、就職に役立つからと言われて聞くように言われたので。」
 あとは、気の入らない話しをした。
 戻ってから、元議員に話しをした。
 「はっきりと言って、自分の考えや意欲が感じられない。」
 「そうなんだよ。そういったところを専門家の視点から見て貰おうと思って。」
 トンデモナイ感覚だ。
 戻って来て、自立支援のサービス提供責任者の訪問を受けた。高学歴社員が推薦して来て、使った男性がアルコール中毒で沢山のトラブルを生み出しているという。バイクによる自損事故でケアに穴を空ける。援助におくれる。アルコールの匂いをさせてケアに行く。ケアに行かずに行ったと言い張る。
 夜、京都に向かう。明日、早くに京都産業界館にて人に会う為に。京都駅ビルで江戸前寿司を腹一杯食べた。あれもこれも美味しかった。宿泊はホテル日航プリンセス京都。

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