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トップハート物語(4534)立志伝敢闘編
18/07/11
2011年(平成23年)12月下旬。
 2か月に亘り、就職支援事業者の選定に漏れていた。予算が大幅にカットされて、今までこの地域で介護だけでも40を超える事業者が実施をしていた。それが、急に13までと区切られて仕舞った。
その線引きが就職状況だ。これまで、真面目に取り組んで来て70%を超える就職率を誇っていた。30人の受講生の就職を支援して来た。それが、他の事業者は軒並み90%を越えていると言うのだ。
そんなバカな。そんな就職率が良い訳がないと、確認すると他の事業者は人材紹介会社や人材派遣会社と提携していて登録をさせて就職完了としていた。それを、当社は全てちゃんと働いて居る数字を上げているし、就職支援も一生懸命にしていた。
 しかし、担当者の高学歴社員は真剣ではない。私が担当していた頃は100%の就職率を誇っていて、その方面への力も全力を傾注していた。何事にもいい加減な高学歴社員は全く何もせずに、確認もプッシュもしない。結果的に70%を上回る程度で、それでも当初は
 「最高の部類だと思います。」
 と、言っていた。
 蓋を開いてみると、勝負にならない数字だった。既に報告し修了している直近3回分の数字が対象なので、急に修正は出来ない。少ない数値のまま、勝負していた数回は終わって仕舞った。
社員の不安が聞こえて来た。みんな、その業務が当社の重要な収益部門を支えていると知っているからだ。しかし、私は気楽に考えていた。つまり、その3回が過ぎればその選定条件が分かれば対応出来ると檄を飛ばしていた。
つまり、
「就職率を100%にするように。」
と言っていたのだ。
当時、まだ3回分終わっていなかった。
 「過去の3回分は諦めてこれからの3回分に全力を尽くすように。」
 と、何度も高学歴社員を呼んで突き詰めて行った。
 過去3回分のうち一番古い1回分が消えて、新たな100%の1回分が加わる。それを、2回行ったところでクリアしたと報告があったのは今日の夕方だった。過去2回分が消えたが、年間で考えているので11月、12月、1月の始まりが無くなり、代わりに
「2月は2コースが許可された。」
と今日報告があったのだ。
1コース毎だったのが2コース許可された。そして、修了月が来年度になっただけで、年間としては何の変わりもない。つまり、収益的には問題はないのだ。
 その報告を受けた時には、涙が滲んだ。そんないい加減な基準で決められる、公的支援のあり方に憤りを感じながらそれに従わざるを得ない困難さがあった。何でも無いと思っていながら、やはり不安だったのだ。
天の配剤に感謝した。年末に来て本当に嬉しい報告だった。これからは、その数値はクリアできるものとなった。
 クリスマス会の後処理がいくつか残っていた。当社が販売にしている、
「新潟県菅谷産米5キロ3000円相当のものが9袋残っている。」
と報告があり、クリスマス会幹事7名と写真班高学歴社員、映像班70歳爺さん社員に分けるように指示した。
アパレル販売をしている先輩が仙台から来てくれて、商品を持って来てくれた。その商品は東京での高額商品で、折角だから社員や幹事、それぞれの対抗戦の出場者30人近くに選ばせて売り上げに貢献するように指示した。
 自立支援サービス提供責任者が
 「私の持って帰ったお土産の中にずんだ餅が入っていなかったんです。食べた事が無く、食べたかったのに不足していたと言われて。」
 「そんな事はない。250個用意して、参加者が230人だから20個は余っている筈だ。どこかに有る筈だ。」
 暫くして、
 「事務所の冷蔵庫に入っていました。私の中に入っていなかったと言ったら、みんな驚いていました。貰って帰ります。」
 「そう言えば、NPO常勤理事の中には気仙沼の商品が全部2個ずつ入っていたと言っていた。しっかり分けなかったんだ。」
 それでも、残っていたからよかった。
 ビデオをダビングして貰って、写真を私のPCに移し替えた。そのうえで、会社のホームページ上のブログに掲載を始めた。今回は200枚を超える枚数で、10枚ずつ掲載しても20日以上掛かる。
 年末最終日に近付き、みんな休暇に入り始める。それでも、会社は動いているので出勤するのは決まった責任者だ。昨年は、大半の社員が出勤してくれたと事業所から報告があった。
今年は、新人でシングルが多くどうなることやら。私は、年末まで仕事をして31日夕方に京都に向かう。翌朝から初詣に行くのだが、まだどこに行くか決めていない。八坂神社には行く積りだ。あとは、毎年必ず詣でている石清水八幡宮に。よい年で終わりそうだが、故郷東北は辛い。

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