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トップハート物語(4523)立志伝敢闘編
18/07/04
2011年(平成23年)12月中旬。
 訪問して、顔を見ると今日は顔色はいいし元気そうだった。ただ、パジャマから出ている腕に見える絆創膏が多い。その原因を話し始めたが、既に聞いている。そして、
 「私も妻の面倒を見ないと行けないと思って、走れるようになろうと一生懸命にリハビリをしているのですが、なかなか動けない。妻の暴力も段々強くなり、もう手に負えないし疲れて来た。週に1回デイサービスを減らして、どこか1週間に1日だけ泊まりに行けないでしょうか。」
 そう言いだした。
 どこか施設に入れて欲しいとか、夫婦で入れるところを紹介して欲しいとか、他のサービス事業所には言っていたようだったのだが、やはり私が来ると話しが全く違って来る。
 「1週間に1日だけだったら、今でも可なりの自費負担がありもう蓄えが無くなっているのに、もっと多くなりますよ。1日泊まるという事は2日分の料金が掛かります。」
 とにかく、妻と少しでも離れたくないのだ。
 夫が元気な時に、ショートステイに妻が入所した。毎日施設を訪問して夜遅くまで離れず、退室するように言われてやっと出る始末。ショートステイの意味がないとクレームがあり、また、認知症状が、夫が帰った後出て来て手に負えなくなり、他の利用者に杖を振り回したり、体当たりしてついに強制的に退所した事が何度かある。そして、今では自分も
 「妻の事が心配だ。妻が可愛いから、他の男の利用者が声を掛けるかも知れない。」
 等と言って、同じデイサービスに同じ日に行く事になった。
 しかし、そんなに余裕がないので妻の週4日に対して夫は1日だけが、デイの日だけ戻って来た家での不穏な言動が激しく、
 「デイで何かされているんじゃないのか。」
 と、本心から疑っている。
 その認知症を妻に持つ夫と話す言葉はいつも同じだ。
 「息子が全く電話に出てくれない。電話しても、都合で出られませんという音声が流れる。ケアマネジャーを信頼しているので、一度電話を掛けて貰って、来てくれるように言ってくれませんか。」
 そう、何度も言うがそれは出来ない。
 ただ、ここ何度かショートステイや老健、入所等の申し込みを試みた事があった。何れも、
 「面接に堪えられるまたは緊急時に来てくれる親族がいる事が条件です。」
 と、門前払いなのだ。
 市や地域包括支援センターとの面接では、全くそのような措置を受け入れないし拒否するので、
 「SOSが出ていない利用者に対処する事は出来ない。」
 そう返事されて、結果的には私が責任を負ってプランを作成している。
 ただ、ケアマネジャーの地位だけでは限界があり、
 「その為に、後見人の養成講座を受けているので終わったら私が後見人と選任して貰って、息子さんの代わりに対処できるようにするので暫く待ってくれますか。」
 そう言って、安心させた。
 「佐藤さんが、保証人のようになってくれて対処してくれるんですか。それまで我慢していればいいんですね。」
 「そうです、貴方が私を選任してくれて裁判所が認めればそれになれます。お金は掛かりません。私は貰う積りもありませんので。」
 それで納得して今日は終わった。
 お腹がすいていなかったが、ただ無性に天麩羅が食べたくなった。東京に居た時代は、天麩羅蕎麦や天丼、自宅でも天麩羅をごく自然のメニューに入れていたが、ここに来てから食べた記憶が余り無い。ネットで探しても、遠方しか無いのですし屋で食べる事にした。
 いつも行くすし屋に行って、マグロの各部位と季節のてんぷらの盛り合わせを頼んだ。
 私はいつも社員と一緒に寿司を食べる時に、
 「本物のマグロの味は、トロではなく赤身だよ。」
 と、講釈していた。
 今日も、大トロ、中トロ、上赤身、トロ鉄火などを注文したが、同席したNPO法人常勤理事の智子さんは
 「本当に赤身が美味しいです。トロは何となく駄目になって来ました。歳ですかね。」
 「何を言っている。しかし、あれほど最初は肉だけで、魚は食べないと敬遠していたのに、今は魚が美味しいと言えるようになって、ついには、マグロは赤身だと言うようになった。そこまでよく行った。もう教える事はない。」
 そう言って、満足した。



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