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トップハート物語(4497)立志伝敢闘編
18/06/20
2011年(平成23年)11月下旬。
 3時10分前に、スタジオがあるビルに向かった。3時に出版社の編集者と待ち合わせだった。正面からではなく横の道を歩いて正面玄関に向かう。ビル前のフリースペースのところに若い女性が見えたが、副編集長という肩書から見て若過ぎると思って、ビル内に入ろうとした時に名前を呼ばれた。
今年になって、何度も嫌になるくらいだと思うが何度も何度もやり取りした副編集長だった。大手出版社にしては若過ぎると思った。それだけ遣り手なのか。まだ30代に見えた。話し易くて、何のバリアーも無い。すぐに打ち解けて、ビル内に入った。
直ぐに追い掛けるように、今日の手配をしてくれた広告会社の社員が3人も来た。控室に入る。次々挨拶に来るのだが、誰が誰だか分からないままに名刺交換だ。
 改めて、今名刺を確認すると、何と編集者の女性は肩書が新書の「編集長」になっている。編集部部長も兼ねているのだ。遣り手はすごい。放送局の営業部長とディクターの名刺もあった。その控室に、シナリオがあったが目を通す機会を持たずに、みんなで話をした。
何しろ、その編集長とは二人三脚で来た路だ。顔を合わせるのは初めてだった。話し易い方で、ずっと時間を過ごしていると、ディレクターが再度打ち合わせに来た。一通りの流れを聞き、
 「質問はありませんか。」
 と、聞かれたので
 「この収録スケジュールに有る『古瀬』さんとは、古瀬絵理さんの事ですか。」
 「はい、そうです。」
 「終了後、写真を撮影させてくれませんか。ブログに掲載したいんです。」
 「ちょっとそれは。聞かないと分かりません。」
 そう言われて、諦めた。
 肖像権があるので、勝手に撮影は出来ない。
 かなり前の撮影が圧していると説明があった。
 「表現の中で、『水飲み百姓』という出演者の発言があり、差別用語に引っ掛かるので撮り直しになったのです。」
 と、言う事だった。
 また、色んな話をし始めた。出版後の著者の脅迫めいた言動やゴリ押しなど、予想はしていたが有るんだと再確認した。また、広告会社の方も同じように
 「広告を出しても売れないのはどうしてだ。」
 等と、強烈に文句を言って来たり
 「他の人がこんな値段だったのに、どうして俺のは高い。」
 などと、連絡を取り合って文句を言って来るそうだ。
 そんな話に関心をしていると、いよいよ出演準備だ。メイク室で簡単にメイクをして貰って、スタジオへ。説明が色々あり、出演順番など聞き、収録が始まる。色んな初めてのモノを知り、興味深々だったので時間は長いとは思わなかった。
リハーサルがあり、その時に初めて古瀬絵理さんの隣に座った。綺麗な方だった。リラックスさせる積りで話して頂いた。コメンテーターの方が
 「佐藤さんは宮城県仙台市のご出身だそうですね。」
 「はい、そうです。」
 「私も出身は、宮城県の大河原です。」
 「本当ですか。近くですね。嬉しいです。」
 そういうと、隣の古瀬さんが
 「私も出身は、宮城県なんです。古川の近くの田尻町です。5歳まで居て山形県に転居しました。」
 驚いた。
 気遣って、同じ県人を集めた訳でもないだろうに。
 一旦、終わりいよいよ番組がスタートした。
 色んなコーナーがあり、それをずっと見ていた。1時間半くらい過ぎて、いよいよ出番になった。立ち位置に案内されて、古瀬さんに
「どうぞ。」
と言われてテーブルのある席に座った。
色々聞かれたのだが、台本に有った質問だったしリハーサルと同じ質問だった。それを、私はリハーサルと全く異なる答えをしていた。続く質問に、長いかなと思いながら答えていた。あっという間だった。自分の思いを伝えられたかどうか、それが心配だった。長時間待たされて、出演はほんの数分だという文句を聞くが、数分より長かったがあっという間だった。
 収録が全て終わるまで、スタジオの隅で待機していた。全部終わると、ディレクターが来た。
 「写真撮影OKだそうです。」
 「えっ、本当ですか。」
 「古瀬さんと二人でいいんですか。」
 「それはちょと、出演者全員でお願いします。」
 写してくれる、出版社の女性編集長に小声で
 「全員で写すフリをして、二人ショットで。」
 などと冗談を言ったが、先ほどの席に行くとコメンテーターの男性が、
 「我々のような男性が入っても仕方が無いので、お二人で写しなさい。」
 そう言ってくれて、取り敢えず古瀬絵里さんとツーショット。
 そのあと、全員で写した。
 そのまま、東京駅に向かって戻って来たのが夜10時を回っていた。

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