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トップハート物語(4174)立志伝敢闘編
18/06/08
2011年(平成23年)11月中旬。
 暫くすると、県人会の会長が私の席に来た。
 「今度幹事をお願いするかもしれないからな。」
 「私は、学校の後輩ですから何でも言い付けて下さい。」
 そう言って、全てをお任せしますと言うと
 「先ほど挨拶した中京地区の副会長がお前の先輩だ。」
 「済みません、ご挨拶したいのでご紹介をお願いします。」
 「よし、着いて来い。俺と同級生だった。」
 そう言って、副知事などが座っている貴賓席に連れて行かれた。
 まず、高校の先輩だという中京地区の県人会副会長に挨拶した。
 「私は被災の遭った南三陸町の佐藤町長やヤクルトスワローズに行った八重樫の同級生です。今回の震災では多くの友人や知人が亡くなって落ち込んで居ます。」
 そんな話をした後に、
 「名古屋の方に来たら立ち寄りなさい。」
 「ありがとうございます。実は先日多治見の方に行って来ました。ネット販売をしたいと思って、障害者が生産している多治見ワインを扱わせて貰おうと思って。」
 「何言ってんだ。どうして早く言わない。」
 と、この地区の会長と中京地区の副会長が異口同音に言った。
 「あの多治見ワインは、先輩の○○会長がやっている。あんたの先輩だよ。ちゃんと卒業名簿を調べてから行かないと。」
 「本当ですか。今度紹介をお願いします。先日行ったら、4年後に小牧の方にブドウ畑を拡大するので、それからだと言われて。」
 「その小牧の話しも、先輩の市会議員さんたちが奔走してくれた。○○先輩はアミューズメントで5000億円の売り上げを上げている全国的な会社のオーナーだ。」
 そんな話をして、男女共学になって自分達の歌って慣れ親しんだ校歌が新たになったので、憤慨したり楽しい思い出を語り合った。それにしても、仙台という遠くにある学校を卒業して全国で活躍されている諸先輩に触れて本当に嬉しかった。
 そして、次に来賓の副知事と名刺を交換した。その時に、
 「県庁の人事を担当している今野君は私の同級生で一番仲の良かった友人です。」
 「おう、彼は人事委員会の責任者だ。彼と中学の同級生という事は俺の後輩だ。」
 「本当ですか。驚きました。」
 そう言って、本当にこんな嬉しくも驚きの連続の出会いがあり気持ちが高揚して来た。
 「県庁に来たら副知事室に立ち寄って下さい。これで、名前は覚えましたから。」
 そう言って、握手を交わして席に戻った。
 嬉しくてうれしくて、まるでメインのような気分になった。私がそう言って挨拶を交わしている間、同席したNPO法人常勤理事の智子さんがが隣の席の若い男性と親しげに話しをしていた。
彼女は、県人ではないが親族として申し込んで参加して貰った。何しろ、一人ではどこにも行けない私だから。一緒に宮城県の法被を着て記念写真に収まった。周りの方の出身市町村とお住まいの書いてあるネームプレートを見て、みんなすごい処に住んで居るんだなと思った。
高級の住宅地なのだ。私など、余りにレベルの低い土地なので席では少し大人しくして居た。
 そんな中、NPO法人常勤理事の智子さんが隣に座っていた仙台市の隣の市出身の若い男性と話をした。
「自分で会社を立ち上げて、野菜や果物を中心とした卸しをしている。」
という。
「今年で参加は2回目で、人と知り合う事を主眼として来た。」
と言っていた。
ずっと話をしていたが、これから、長い付き合いをして行こうと名刺を交換した。
 宴会の途中で何度かメールを貰った。その中に、妻からのがあった。 
 「本を出版したと友人から聞いた。新聞に大きく掲載されていた。会社の名前も知らない友人が、著者名を見て確認して来た。驚いた。」
 そんな内容だった。
 「お恥ずかしい」
 と、返信した。
 何人かから米が届いて美味しいとその内容を沢山記して来た。先ほどの若い奴と話をしたが、
 「ここの米は食べられない。実家から送って貰っている。水も飲めない。魚は腐っていて全く食べられない。何でも金、金、金と、安ければいいという思いが先に立ち、正常な競争が出来ない。」
 そんな意識をお互いに出し合って意気投合した。
 『子供が美味しい御飯だと言って、御飯だけ何倍もお代わりしていました』
 と、いうメールを何度も繰り返し見ていた。
 何となく、もの悲しい言葉だった。

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