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トップハート物語(4156)立志伝敢闘編
18/05/30
2011年(平成23年)10月下旬。
 ネットビジネスで販売を開始した新潟県「菅谷産」というブランド米。美味しくて、試食の段階で既に食べ過ぎ。太り始めているのがはっきりと分かる。依頼を受け始めているものを加えて、社員や自宅に着き始めている。
発送を始めた最初の連絡は妻からだった。続いて、大東市の居宅介護支援事業所管理者からだったが、まだそれぞれ食してはいない。着いたという連絡だけだった。先週70歳爺さん社員が来た時に
 「自分の甥がテレビで馴染みの司会者です。ローカル番組なんですが、紹介してくれと言ったらおじさんの願いだから遣りましょうと言ってくれました。」
 本当かどうか分かりませんが、テレビでも紹介してくれるという。
 当社のブランドの前に必ず付いている言葉がそのまま米袋の上に印刷されて「まごころ米」とのブランドになっている。
 来年を見越して、今年は1トンを広告に使用することになっている。
 来年を標準に合わせながらの計画が沢山あり、その現実味が私の頭の中で具体化しろと要求している。就職支援事業に暗雲が立ち込め始めていたのだ。高学歴社員のようなやる気のない人材はどう使えばいいのだろう。
私が敷いたレールを走りながら、いい加減に対応して縮小して行く。注意をすると、直ぐに辞める方向に走る。どうしたら問題解決が出来るかイノベーションが不足している。これまでの男性社員はみなそうだった。
 それに引き替え、大東本社の新たな若い男性管理者は全く異なる。一昨日、政経懇話会で同席したあと、木曽路で一緒に食事をした。その時に、私の以前本社での活動が話題になった。
 「最高でも1日6ケースしか新規がありませんでしたが、社長の1日10ケースはまだまだです。もっと頑張らないと。」
 そう言って、
 「俺は、どんな仕事でも受けた。即座に出来ますと返事をして、後から対策を考えて必ず実行した。」
 「そうですよね、依頼が来たら直ぐに出来ますと返事をしたら続けて何件も貰えています。私もそうしています。」
 そう言って、私と同感を得ていた。
 彼は、まだ26歳で当社に来たのは昨年の8月だった。ツートップが急に退職して、先輩が妊娠休暇。彼しかいなかったのだ。その彼は、ツートップから干されていて、仕事を与えられずに腐っていて退職を何度も口に出していた。
それが、
 「仕事が沢山来ると疲れを感じませんよね。」
 彼は、今勢いのある回転ずしチェーン店のスーパーバイザーをしていたのだ。その何年かの寝ずに働いたDNAが体に残っていて、現在24時間対応の仕事もこなして、先月は300時間を超える勤務をしていた。
勿論、労働基準法や36協定の80時間残業を遥かに超えている。しかし、そのようにベテラン社員が一挙に少なくなり新人社員が5人も増えてしまって、彼しか動ける者がいなければ仕方が無い。利用者は待っているのだ。今月からは少しは落ち着くだろうと思う。
 今日は全く誰の訪問も無く、虚脱状態の中で何とか気力を振り絞って仕事をした。応接用のテーブルの上にあった山積の書類の半分は片付けた。計画案を作って、事業所に配った。
午前中に何とか動くのがやっとだった。1週間の中で休む日があってもいいのかなと思う反面、仕事人間なので絶対に会社に出て来てしまうと、無理だと結論付けたり。誰か応援してくれる人間がいたらどれほど助かるかと思ってしまう。
 試験的に、隣市の集合住宅の空き家を借りて地域社会の為に使用するというプロポーザルの募集があって応募した。本命は、私どもの営業区域内なので点数評価がどのようにされるのか知りたかったので応募した。
そのプレゼンテーションが8日にあるが、このような不安定な来年の資金計画では本気に成らざるを得ない。
 出版した当社の創成期を著した本の売れ行きが心配で、アマゾンを見ている。結構、上昇しているようでホッとしている。色んなお世話になった人に贈呈しようと思っているが、恥ずかしくてなかなか行動に出られない。今日、卒業した仙台の小学校や中学校、高等学校に贈呈するために手紙を書いたが、まだ発送はしていない。近日中に出す予定だ。
 毎日時間が不足していると思いながら働いた時が、その本に記してあるが今は全く逆で働く時間があるのに、やる気が起こらない。どうしたらいいのか分からない。つまり、追い込まれていないという事だ。
その場面に立たないと何もしない自分がいる。まだ整理のつかない書類が沢山あるのに、動かない。どうしたら以前のように動くのかと思うのは、いつもこんな時間のある時だ。そして、思うだけで何もしない。問題な精神になっているのだろうか。

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