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トップハート物語(4149)立志伝敢闘編
18/05/27
2011年(平成23年)10月下旬。
やっと少し落ち着いて来た。時間的余裕が出て来たので、懸案の外部との連絡や約束の実行に移った。まず、岐阜県多治見市の修道院で知的障害者の方が行っているワイン製造の販売に関わりたいと連絡をした。
紹介する方があり、修道院がパンフレットを送ってくれたのでその内容を確認して、メールで挨拶をしたのだ。返事はまだだったが、紹介者が連絡を取ってくれて11月3日にフェスタがあるのでその時に行って挨拶するようにとの事だった。
早速多治見市のホテルを予約した。11月2日に行って3日に参加して戻って来るつもりだ。戻ってきたら翌日に上京して東京大学で市民後見人養成講座の3日目と4日目を受講して6日に戻って来る。
アルコール類の販売に関する法律があるので、その手続きを調べて申請をすることとなった。許可が下りるのに2カ月間程度掛かるという。
 次に、北海道の農産物を扱っている農事者に連絡を取った。士別市で結構大々的に行っている農事者だ。この方も紹介の方だった。連絡すると、
 「11月17日から20日まで大宮と東京に行きます。18日の昼だったら空きます。」
 「えっ、私の自宅は大宮です。それだったら、17日に会えませんか。18日から20日までイベントがあり空ける事が出来ないのです。」
 「佐藤さんは、大阪で仕事をしているんじゃないですか。」
 「いや、自宅は大宮で出稼ぎです。」
 「それだったら、羽田について大宮にリムジンバスで東京駅まで行ってそこから快速で3時には着きます。大宮の高島屋に忙しくなったので毎年参加している北海道物産展に来年から参加は無理だとお断りに行きます。早く終わらせますので、3時半から4時の間には時間が取れると思います。」
 そう言って、私は3時半に大宮高島屋で待つ事にした。
 11月18日から当社で行うアパレルの展示会をしてくれる先輩から当日の打ち合わせがメールと電話が何度かあった。その間も、社員の訪問や相談があり、中々主任ケアマネジャーの研修課題作成ゴールが目に見えているのに終わらない。
あと少しで終わるのにと思っても、うまくいかない。隣市の働きながら介護を学ぶという制度の条件が取り払われて、39歳以下という条件だけになった。当社で資格が無く事務だけで働いているアルバイトの女性にその話をした。
生活保護を打ち切るかが課題になっている。しかし、直ぐに返事があり、その制度にお世話になりたいというのだ。私は
 「即決が後の後悔に繋がらないように。色々親族や友人に相談し決めるように。」
 そう言った。
 今日、隣市担当職員から連絡があり
 「今日中に返事が欲しい。そうしないと、ハローワークに求人を掛ける。」
 即、授業参観だというバツ一の母親に連絡を取って、確認して受け入れる事になった。
 午後から、大手人材紹介事業所との約束があり訪問することにした。バックが四国で50か所以上も特養を初めとして有料老人ホームなどを展開している社会福祉法人。正装して行く事にした。
部屋に戻って、正装してNPO法人常勤理事の智子さんに運んで貰った。22階建ての立派な新しい大きなビルに入っていて、1階フロアで時間調整していると突然立派な紳士に声を掛けられた。
顧問という立場の紳士が迎えに来てくれたのだ。恐縮してしまった。早速部屋に通されて、話し合いが始まった。何か一緒に出来ないかという呼び掛けに応じたのだ。
 社長が出て来たのだが、まだ40代後半。結果は立派な数字を残している。暫く話をしたが、考えに隔たりを感じた。首が異常に太く、体育会系の経歴を感じた。売り上げ重視の感覚を持っているという受け取りが、私をがっかりさせた。
結果として売り上げに繋がる心を持っていないと、私とは何も出来ない。
 「出された本を拝見しますと、利用者の為従業員の為を第一に考えて行動されていると感じましたが。」
 「私がこの業界に入った時に、余りに給与が低くて驚きました。自分が多くの給与を得るためには、従業員に支払わないと行けない。その為には、収益を上げないと行けない。売り上げではなく、収益だ。その収益を上げるのは私だ。私が常に収益を上げることを考えて、社員負担をさせない。社員には世間一般に出しても恥ずかしくない応分の支払いをする。経済的に安寧をして、仕事に集中して貰う。その社員が提供する業務が営業となって、仕事に跳ね返って来る。」
 そんな感覚の話しをした。
 1時間ほどして、受けた話もあったが気持ちが乗らなかった。
 帰り間際テレビ局からある番組のテーマとして取り上げたいとディレクターから電話があった。

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